第39話 レイヴンの想像

砂嵐を抜けて『砂漠の神殿』に辿り着いた人影。重なって一つに見えるが、それはレイヴンとアンナの二人だった。


黒髪緋眼くろかみひのめの青年は、森の民の少女を、ここで地に下ろす。お姫さま抱っこから解放されたアンナは、赤く染まった顔を深緑のフードで隠した。

ずっと、抱きかかえられていたため、まだ、レイヴンの体温が感触として残っている。それが照れ臭かったのだ。


足場の悪い砂地が終わり、石畳が続く。レイヴンが先に歩き出すと、アンナは慌ててついて行くのだった。


「もう、カーリィさんは精鎮の儀式に入っているのでしょうか?」

「トラブルがなければ、そうだろうな」


メラのような案内役がいないため、二人は勘を頼りに神殿の中を奥へと進む。

それでも、目的の場所に近づいているという実感を持てたのは、遺跡の造りが複雑ではなかったおかげ。


少々、時間がかかったものの、何とか祭壇のある大広間まで辿り着くのだった。

サラマンドラの石像近くで休むメラとクロウを見つけると、レイヴンは声をかける。


「カーリィは、もう儀式を始めているのか?」

「あ、はい。・・・1時間ほど前からです」


質問に答えてから、アンナの存在に気づくと、メラとクロウは、その無事を喜んだ。

そして、あの砂嵐の中、こんな小さな女の子を探し出してくるレイヴンに対して、改めて感心と信頼を寄せる。


そのレイヴンは、サラマンドラの石像をジッと見つめていた。

あの古道具屋で読んだ昔話が、どうも気になって仕方ないのである。


「なぁ、メラ。サラマンドラと話す事は出来ないのか?」

「え?」


レイヴンのその問いかけには驚いた。メラが記憶する伝承の中では、そんな記録はない。

そもそも大精霊と会話するなど、畏れ多くて考えた事すらなかった。


「出来るか出来ないかは、正直、分かりません」

「なるほどねぇ」


メラの回答を受け、下あごに手を当てながらレイヴンは、サラマンドラの石像の前を行ったり来たりする。

三度目の往復の後、今度はアンナに視線を向けた。


「風の精霊、シルフはどうなんだ?」

「私もシルフさまと対話されたというのは聞いた事はありません。・・・ただ」


何かアンナには思うところがあるのか、最後、含みを持たせる。

レイヴンは、続く言葉を待った。


「シルフさまに関する伝承やお言葉が残されている以上、何かしらのコンタクトを取った方はいるのかもしれません」


アンナの言は一理ある。サラマンドラにしてもヘダン族の中に多くの伝承が残っていた。

それら全てが信仰により、精霊を慮って勝手に人間が作ったものとは思えない。

これには、メラもアンナの意見に同意した。


「ふーん。だったら、直接、本人に聞くのが一番だな」

「えぇっ?」


メラとアンナ。そして、クロウまでもが揃って、同じ言葉を発する。

レイヴンは周りの反応を無視して、サラマンドラの石像の前で腕を組んだ。


「サラマンドラさんよ、少し聞きたいことがある」

「ちょっ、止めて下さい。不敬ですよ」


メラが止めるがレイヴンは、お構いなしである。もう一度、サラマンドラの名を呼ばわった。

しかし、当然の如く反応はない。


すると、レイヴンは『金庫セーフ』の中にあった台のような物を積み重ねて、高い位置まで上がり、サラマンドラの石像と目線を合わせた。


「おい、こっちは真面目に聞きたいことがあるんだ。返事くらいしたら、どうなんだ?」


下で聞いていたメラは、卒倒しそうになる。この言い方は、相手が大精霊でなくてもアウトのやつだ。


「レイヴンさん、降りて来て下さい。お願いします」


アンナもこの無礼を止めようと必死になる。大精霊を挑発して、会話をしたなんて聞いたことがない。


「兄さん、さすがに無茶苦茶だよ」


クロウも説得に当たると、レイヴンは舌打ちをした。これは、別に弟に対してではなく、無反応のサラマンドラに対してである。


レイヴンも諦めて台から降りようとした時、突然、遺跡全体が揺れ出した。

地震かと思ったが、そうではない事を次の瞬間に全員が理解する。

それはお腹に響くような低い声が、神殿内に響きわたったためだ。


「不遜なる人間の子よ。我に何の用だ」


このタイミングで、この声。サラマンドラがレイヴンの呼び掛けに応じたのだと、全員が認識する。

加えて、当然ながらその台詞から、不快に思っていることは間違いなかった。


「どうぞ、お怒りをお鎮め下さい。今、ヘダン族の姫が精鎮の儀式を行っているところ。仲間の身を案じて、つい口調が荒くなってしまったのでございます」


メラが取り成そうと、状況を説明するのだが、あまり効果はなさそうである。その証拠にサラマンドラからの返答はなかった。

しかも、更に火に油を注ぐように、レイヴンの無礼は止まらない。


「俺の想像が正しければ、カーリィは既に危うい。返事ができるなら、さっさとしてほしかったぜ」

「・・・がっはっは。我にここまで、尊大な態度を取る人間は、初めてだ。・・・お前に少し、興味が湧いた。聞きたいこととは何だ?」


レイヴンが聞きたかったのは、あの有名な童話の話とミラージの古道具屋で読んだ内容とのすり合わせだった。


「俺が聞きたいのは、古い童話『旅の男と悲劇の娘』についてだ。あれは、サラマンドラ、あんたとヘダン族の娘の話じゃないか?」


その『旅の男と悲劇の娘』という話。メラもアンナも初めて聞くタイトルであり、お互い顔を見合って、首を傾げる。

クロウから、『勇敢な王と悪賢い魔女』の元ネタの可能性があると説明されて、二人は何となくイメージが湧くのだった。


「その話をどこで知った?」

「ミラージの街の古道具屋だ」

「むむぅ・・・」


サラマンドラの返答は鈍く、何かを考え込んでいる様子。というより、答えにくいといった感じだ。それで、レイヴンの想像は確信に変わる。


「あんたの霊力が『炎の宝石フレイムルビー』に溜まるって話、あれは嘘だろ」

「・・・」

「溜まっているのは、サラマンドラの霊力じゃない。あんたに袖にされた女の悲しい怨念だ!」

大精霊も動揺することがあるのだろうか?レイヴンに断言され、『砂漠の神殿』が先ほどよりも大きく揺れた。


その揺れが収まると、サラマンドラの力のない声が響く。


「その通りだ。・・・発端は、我の勘違いだが、ベルには本当に悪いことをした・・・」


声が沈み、声色からは後悔の念が色濃く感じられた。


ここから、大精霊の述懐が始まる。それは、今でこそ四大精霊と崇められているが、サラマンドラが誕生して間もない若き頃の話。

時は千年以上、遡るのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る