第38話 精鎮の間

ダネス砂漠で、デスストライカーと最初に出会った時は、逃げの一手しかなかった。

あの時の目的は、『砂漠の神殿』に無事に辿り着く事。


ただ、今は違う。体力を失った仲間に危害が加えられぬよう、ここで、きっちり仕留めなければならない。

レイヴンは、同じ日に、相まみえたその強敵を相手取り、悠然とした態度で迎え撃った。

その後ろ姿をアンナは、頼もしく見つめる。


態度だけではなく、レイヴンには確かな勝算があった。ほんの数十分前は、逃げながらもデスストライカーの力量を推し量っていたのである。

そして、出した結論が、『勝てる』だった。


「悪いが、こっちも予定が色々と詰まっているんだ。さっさと終わらせるぜ」


人語が分かるのか、レイヴンの強気ともとれる発言に、デスストライカーは怒りの態度を示す。

激しい勢いで両手の鋏を振り回して来た。それを難なく躱すレイヴン。


まるでダンスを踊っているかのような、華麗にステップを踏む。

宙を舞う花びらを容易く斬る事が出来ないように、モンスターの必殺の一撃も、次々と空を切っていった。


ここで、業を煮やしたデスストライカーは、両手の鋏による同時攻撃を放つ。左右から同じタイミングで迫る凶器に、逃げ場がなかったレイヴンは、やむなく上方に飛びあがった。


それを待っていたのか、大蠍は今まで隠していた必殺技を繰り出してくる。

それは鋭い尻尾による攻撃。しかもその先には、猛毒が仕込まれている針のおまけ付きだった。


デスストライカーの攻撃が、レイヴンを捉えたと思われた瞬間、思わず、アンナは目を逸らしてしまう。

だが、その致命傷となりうる一撃は、レイヴンに当たることなく、直撃寸前で別の物を破壊していた。


それは『金庫セーフ』から取り出した木箱なのだが、その中身がモンスターにとって問題だった。

木箱はすぐに割れ、その中身の物が、猛毒の針を包み込んでいる。


そして、いかにデスストライカーが、振り払おうにも纏わりついて離れないのだ。

その正体は、固まる寸前で時間停止していたセメントである。


石のブロックやレンガの組み立ての際に利用される接着剤で、一度、固まればそう簡単には剝がれない。

少なくとも、この戦闘中にデスストライカーの毒針が機能を取り戻すことはないはずだった。


最大の武器を封じられた大蠍は、レイヴンに対する攻撃を躊躇する。反撃に必要な鋏も、同じように封じられることを懸念しているようだった。


「そっちが来ないなら、こっちから行くぜ」


そう言うとレイヴンは、デスストライカーの足元に石の壁を積立ていき、モンスターの巨体を天高く持ち上げる。


「お前の外殻は非常に硬いが、弱点は普段見せることのない、腹だ」


高く積み立てた壁を、下の一段目だけを残して忽然と消すと、デスストライカーの体は宙に浮き、自然落下が始まった。

レイヴンが話した弱点が、丸見えの状態になっており、落ちてくるモンスターの下に、仕掛けを作る。


制作プロデュース


レイヴンが呪文を唱えると、残っていた石の壁は、鋭い円錐状の構造物に形を変えた。

この制作費用が、『金庫セーフ』の中から引き落とされる。

と言っても、レイヴンにとっては、微々たる出費だ。


デスストライカーの巨体が、重力による加速で勢いを増して落下し、円錐状の構造物にさらけ出された腹が突き刺さる。

串刺しにされた大蠍は、手足をばたつかせるが、刺さった利器りきが内側から外殻を突き破っており、自力で抜け出すのは、ほぼ困難。


まるで百舌鳥もず早贄はやにえのような状態になると、その内、動かなくなるのだった。

これで勝負あり。レイヴンは、アンナの元へ戻る。


「待たせたな。大丈夫か?」

「全然、待つほど時間は経っていませんよ。・・・レイヴンさんは、本当に強いんですね」


砂漠の王者を圧倒したレイヴンに対しての賛辞だが、口調にはどこか、自嘲の響きがあった。

風の宝石ブリーズエメラルド』を守れなかった森の民の苦い思いが混じっての事かと思われるが、それについては何も言えない。


ただ、自分についてのコメントだけを伝えた。

「強くなるための理由があった。ただ、それだけの事さ」


「きゃっ」


再び、抱き上げられたアンナは、驚きの声を上げながらも、この人の過去に何があったのだろうかと考え込む。

多分、弟のクロウの事だとは、想像がつくのだが・・・

気恥ずかしさも薄れ、レイヴンの顔を見る事ができたアンナは、ふと目が合いドギマギする。


「カーリィたちが心配だ。ちょっと、急ぐぜ」

「分かりました」


少女は、黒髪緋眼くろかみひのめの青年に身を預けて承知した。

レイヴンは、砂嵐の中、疾走する。



一方、レイヴンと別れて、『砂漠の神殿』に入ることになったカーリィたちは、ヘダン族に伝わる伝承を頼りに探索を行っていた。

迷路というほどの複雑さはないものの、幾つかの部屋を通り抜けながら、奥深くにある祭壇を目指す。


神殿の中は思っていたよりも明るかった。温度も砂漠の中にあるとは思えないほど、涼しく快適と言っていい。

これもサラマンドラの霊力の賜物なのだろうか?

カーリィ、メラ、クロウは別世界にいるような感覚を持ちながら、神殿の中を進むのだった。


「姫さま、この先がおそらくサラマンドラさまの祭壇がある部屋と思われます」

「分かったわ。最後まで、気を抜かないで行きましょう」


侍女であるメラの案内の元、何の障害もなくここまで来られた。

ようやく目的地に辿り着きそうなところで、カーリィは改めて気を引き締める。


祭壇の手前、最後の扉を開けると、そこには大きな広間、その奥にサラマンドラをかたどった石像があった。

注目は、その手前にある赤く輝く正四面体の宝石。


「あれが『炎の宝石フレイムルビー』ね」


疑いようもない存在感を放つ霊宝を前に、三人は身震いをする。

近くまで行って、しげしげと赤く輝く宝石を眺めた。


さて、ここからがカーリィにとっての本番が始まる。『炎の宝石フレイムルビー』に溜まったサラマンドラの霊力を中和しなければならないのだ。


「姫さま、あちらが精鎮の間のようです」


サラマンドラの石像の右手に扉がある。カーリィは『炎の宝石フレイムルビー』を持って、三日三晩、あの中に籠らなければならなかった。

緊張して震える自分を奮い立たせて、カーリィは台座に安置されている宝石を持ち上げる。


結局、『精鎮の巫女』が亡くなる理由が分からずじまいで儀式を迎えることになった。

あの精鎮の間に、何か謎が隠されているのかもしれないが、とにかく行くしかない。


「それじゃ、行ってくるわ」


向かう前、カーリィは一度、入って来た扉の方に目を向けた。

レイヴンが、やって来ないか期待したが、その気配はない。

最後に、もう一度、会いたかったが仕方がないと諦めた。


『最後・・・?』


カーリィは、精鎮の間に入る前、弱気になっていた自分を戒める。

絶対、生きて戻るという気持ちを捨てていたのだ。


『レイヴン、必ず、また会いましょう』


その想いを込めて、カーリィは精鎮の間に入って行くのだった。

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