出る、んだそうです

過言

出力

心霊スポットというものがあります。


心霊スポットというものがありました。


今は違います。


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「肝試しなんて、本当はするつもりなかったんです」


Aはうつむきながら、そう言った。


「その日は、Bが運転してくれて。私と、あと二人の友達と、合計4人でドライブがてら、ちょっと遠くのご飯屋さんまでパスタを食べに行こうっていう話だったんです。」


Aは震えている。


「パスタはおいしかったですよ。まあ高かったですけど、値段相応って感じの味でした。車の中で、うちの近くにもできないかな、いやそれだとあんた以外の全員の家から遠いやん、みたいな雑談をしてた時だったと思います。……えっと、そのご飯屋さんは、ここから山を二つぐらい越えたところにあるんですけど。二つのうち、ここに近いほう、……はい。あの山です。帰る途中、その山を越えるとき、でした」


Aが顔を上げて言う。


「Bが急に、左にハンドルを思いっきり切りました。車は、多分道路の脇に伸びる小さな山道に入ったんだと思います。突然曲がるもんだから、びっくりして私たちは『何してんの!?』って聞きました。するとBは後部座席を振り返って、にやっと笑って、『肝試ししようぜ』って言ったんです。よく考えたら、Bのその時の表情は、明らかにおかしかった気がします。目を細めて、口角を上げて、口を、可能な限り大きく開けてて。別に、人間にできない顔ってわけじゃないですけど、わざわざそんな表情をする人はいないと思います」


目を細めて、口角を上げて、口を、可能な限り大きく開けて、Aは続けた。


「またかって思いましたよ。先輩も知ってるでしょ?Bはよく、シャレにならないおふざけをしますよね。こんな夜中に、いや夜中だからこそでしょうが、何言ってんだって、私たちみんな思ってましたし、なんなら言いました。そうしたらBは、表情はそのままで、『ここさ、出る、んだってさ』って言ったんです。だから何?って話ですよね。出る、んだそうですよ。だとしても、私たちには関係ない、Cちゃんは怖いの苦手だから、ふざけてないで早く帰ろうって。言ったんですけどね」


その口から覗く犬歯が、異様に鋭く見えた。


「Bは車を降りました。私たちの話なんか聞いてないみたいでした。車を降りてそのまま、ふらふらって山道の奥へ歩いていくんです。Dが、『こうなったあいつはもう止められないし、気が済むまで行かしてやろう』みたいなことを言いました。私たちも、それは普段から身にしみてわかっていましたし、でもBが、心霊現象でなくとも、野生動物とかに襲われたらどうしようって、途方に暮れていました」


Aは私の話を聞いていないらしく、話の節々でしている質問に、一向に答えてくれない。

ただ、決まった結果を出力するように、話を続けるだけ。

試しに手で口を塞いでみたら、塞がれたまま話し続けていた。


「ついていこうっていったのはCちゃんでした。びっくりして『大丈夫なの?』って、意味のない質問をすると、『大丈夫じゃないけど、ついていかないといけない気がする』って、変な答えが返ってきて。でもDは、『Cが行っても良いって言うなら、俺は全然いいよ』って、止める気はないみたいで。一人で車の中に取り残されるのも怖いから、渋々ついていったんです」


Aに対しては何もしないで、ただ話を聞き続けるのがいいのかもしれない。

口を塞いだ手が、黒い何かで汚れていた。


「山道を奥へと入っていくと、少し歩いたところにBがいました。Bは手を振っていました。ほっとして『早く帰るよ!』って叫ぼうとしたら、Dに口を塞がれました。叫ぶために吸った息を飲み込んで、どうしたのかとDの方を見たら、Dは私でもBでもなく、Cちゃんの方を見ていました。目を見開いて、口をぎゅっと堅く閉じて。」


口をがぱぁっと開いて、Aが言った。


「出てたんですよ」


私は、とっさに目を逸らした。

その判断が正しかったのかどうかはわからない。

ぼた、ぼた、ぼた、と音がしていた。


「出てたんですよ、幽霊が。Cちゃんの口から」


突然、吐き気がした。

吐いたらきっと、戻れない。

必死で飲み込んだ。


「ぼたぼたびちゃびちゃばちゃばちゃあって、とめどなく、どうやってその小さな体に収まってたのって量の幽霊が。それは黒かったんですけど、でも白くもあって、液体みたいな感じでした。Dと私は固まってしまって、動けなくて、Bは、気付いてるのか気付いてないのか、車の方へふらふらっと向かって行ってしまって。私もなんとか、それを追いかけました。後ろからはずっと、ぼたびちゃぼたって音がしてて、止まんなくて。何事もなかったかのように運転するBの後ろで、吐き気を抑えてうずくまるしか」


びちゃびちゃびちゃびちゃっ!!

あれ。

ただの吐瀉物だ。


「ああ、ありがとうございます。いただきますね。先輩の幽霊」


意識はそこで途切れた。


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ごちそうさまでした。

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