第5話・MRS⑤

 新宿で別れたベッスン一行が市川を出たとの報を聞き、蓮城は備えた隠し玉にほくそ笑みつつ、品川駅で彼らを待ち構えた。

 すっかり見慣れた自動車の影を認めると、居並ぶ駅長らと目配せを交わし、車寄せへと迎えに出る。

 扉が開くとベッスンは品川駅に目もくれず、車庫はどこだと私たちに尋ねてきた。

「この南にございます。車庫までの列車を手配しております。間もなく参りますので、少々お待ちを」


 そう説明する工員は、すぐそばをゼイゼイと行き交う列車に気を揉んでいた。金属や熟練工を戦地に送り、代用品と未熟な技術で作った汽車は、設計上の性能に及ばぬ走りを見せている。牽かれる貨車も見るからに疲弊しており、ところどころに破損した箇所が目についた。その貨車には荷物ではなく、人がぎっしりと乗っている。

 それをベッスンが見逃すはずがなかった。

「あの汽車は、なんという」

「D52という貨物機です」

「あれは使うな、工作が粗雑だ」


 汽車の造りをひと目で理解するとは、と工員たちは動揺して顔を見合わせた。

 確かに、1200トン牽引を目指しながら熟練工の出征と資材の不足により、設計と工作の簡略化を強いられていた。性能は従来どおりの1000トン牽引が関の山、日本の汽車では最大を誇るボイラーは重たいだけで、足枷にしかなっていない。

 終戦直前の八月十一日には、ボイラー爆発事故を起こしていた。乗務する機関士たちは地雷に乗っているようなもので、機関区もこの汽車を戦々恐々で運用していた。


 入線してきた迎えの列車も、資材の節約と簡略化を徹底し、重要な部品までも省略したEF13形電気機関車が牽いていた。安全を軽視したあまり、説得に赴いた設計者を機関区の職員が軟禁したほどだ。その本人も出来栄えを確かめた際、漏電事故に遭い生死の境を彷徨っていた。粗悪な設計と戦時の疲弊が祟って、現在も故障や事故が頻繁している。

 このどちらの機関車も、同時期に設計された電車や貨車も、いつ終わるか知れない戦争が終わるまで保てばいいと、銅の代わりは鉄、鉄の代わりは木、足りない重量はコンクリートで補っていた。


「日本は家や船や飛行機だけでなく、機関車まで木やコンクリートで作るのか」

 さすがのベッスンも、嘲笑せずにはいられない。非常時とはいえ鉄道総局としても、このような車両を作るのは心苦しく、出来ることなら今すぐにでも運用を中止したかった。

 だが需要は増大していながら、供給がまるで追いつかない。走れるものは何でも使わなければ、国民の足を確保出来ない。

 この逼迫した状況で、更に連合軍の傷病兵輸送を担うのだ。国民へのしわ寄せがどれほどになるか、それを考えると絶壁から奈落の底を覗く恐怖と寒気に襲われる。


「ほかの車両も見たい。車庫まで行こう」

 と、ベッスン准将以下MRS各将校と、我々鉄道官僚が乗車したのも、戦時設計の63系電車である。プラットホームのベッスンはその窓を見て、車体を見渡し、屋根を見上げて戦慄した。

「窓が三段ある、しかも真ん中がはめ殺しだ」

「ガラスが手に入らないからです」

「しかし、真ん中が固定では危険だ。車体の外板も限界まで少ない、台枠が見えているし溶接も甘い。パンタグラフの台はあるが、肝心のパンタグラフがない。何だ、この電車は」

「部品や鋼材が不足して、電車を電車として作れなかったのです。これが国家総動員法と、あなた方が行った空襲が招いた結果です」


 扉を開けて、息を呑むベッスンらを車内に導く。座席は自動ドアのエンジン部分だけであり、天井は肋骨のような骨格が露出している。その中央には裸電球がポツポツ並び、盗難破損防止のために編笠を被せてある。吊り革も用意ができず、その代わりに木の棒や竹が下がっており、更に人を詰め込むため網棚の先に握り棒を据えつけている。

 去年から運用についているが、これを見た人々は新車と思わず、乗車を躊躇したという。


 薄暗い車内で、ベッスンは浮かべた不敵な笑みを蓮城に差し向けた。

はかったな? 蓮城」

「鉄道総局の現状を是非ともご覧頂きたく、特別にご用意させて頂きました」

「それでも、人を乗せるために作った車両だ。貨車ではないだけ、いいだろう」


 諦めに近いベッスンの妥協に落胆しつつ、蓮城は特別列車を発車させた。検査を行う線路には、屋根に上がって点検修理をする都合上、電気を通す架線が張られていない。車庫の途中で列車を降りると、焼け落ちた客車に囲まれた。

 これもまた日本の、鉄道総局の現実なのだと見せつけるつもりであったが、ベッスンの嗅覚が連合軍一行を更に奥へと導いた。

 工員の空気が一瞬にして張りつめる。蓮城は彼らの肩を叩き、岩より硬い表情をして呟いた。


「覚悟を決めろ。肉を切らせて、骨を守れ」

「蓮城さん。骨を断て、ではないんですか」

「日本は、もう我々の国ではない。しかし魂までは守り抜け。我々は、誇り高き鉄道従事員だ」


 譲れないものを守るためには、多少の犠牲は仕方ない。それを解した工員たちは力強く頷いて、蓮城の後を追っていった。その先には、ひときわ目立つ赤煉瓦の車庫へと吸い寄せられるベッスンらの背中があった。

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