全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ

@nonameyetnow

私はその強さが嫌い

「ねえ、ユキ。進路決めた?」

「ん? んー……、まあ」

「どこ?」

「西高」

「え、北じゃないんだ!」


 昼休み。もう流石に私たちもそろそろ進路を本格的に決めなきゃいけなくて、でも自分一人では決めらんなくて、みんなに聞いてまわって、でも聞いたからって誰かが私の進路を決定してくれるわけじゃなく、それはわかってるんだけど、でもどうしようもなくて、ただ「人に聞く」って行為だけで満足して、それで……。

 私はとりあえず、書いては消してを繰り返した進路希望調査票に視線を落とした。


 みんな、強い。

 なんでそんなに簡単に決められるんだろう。


 私は進路を決められなかった。

 なんでかわかんないけど、決められなかった。


「ユキはなんで西高なの?」

「なんでって……勉強しなくても受かるから? ダルいじゃん、受験勉強とか。入れるならどこでも良いし、そんなかで一番学力高いとこにした。一応」


 その「一応」に未来を感じる。

 ユキは何も考えてないわけじゃない。「一応」学力の高い高校へ行くのは、高校卒業後の事を見据えているからだ。今後、進みたい進路が出来た時に可能性をつぶさないため。面倒くさくない範囲で、一番沢山の可能性を残せる場所。そこを目指す。そんなことまで考えて進路を決めているのだから、ユキは賢い。


「ハルトくんは工業だっけ?」

「おう。野球部の推薦。勉強したくねえし、丁度いい」


 一芸に秀でている人はいい。だってそこに進むだけだもん。面倒な事を考えず、やるべきことをやるだけ。シンプル イズ ザ ベスト。


「アオイは? 進路」


 私は昼休みにも問題集にかじりついているアオイに問いかけた。


「南高の理数科」

「やっぱり」


 そりゃあここまで熱心に勉強してる優等生が、一番の進学校へ行かないはずがないよね。当然か。


「逆にアンタはどうなのよ?」


 問われて、困る。

 どう。

 どうなんだろう。


 ぶっちゃけ、勉強なんかしたくない。

 でも、だから行ける範囲で一番良い高校へ行こうってわけでもない。

 というか、高校なんて行きたくない? かもしれない。


 正直、ずっと遊んでいたい。

 なんで義務教育が終わってもまだ学校なんか行かなきゃなんないの?

 就職のため?

 就職ってなに? しなきゃ駄目なの? ずっと遊んでちゃ、駄目? ずっと家でゴロゴロしたい。駄目なの? 私の人生なのに。好きなことしちゃ、駄目?


「アンタは行きたい高校ないの?」


 問われたら、答えはひとつ。


「うん……ないねえ」


「じゃあ、やりたい部活とかは?」

「ないねえ」

「帰りに寄り道したいエリアとか」

「ないねえ」

「この制服着たい! とかは?」

「ないねえ」


 私、なんもない。

 逆に、私に質問してきた友人たちが「自分だったら……」と考え始めている。


「私、マンドリン部入りたいんだよね」

「なにそれ?」

「ギターみたいなやつ。県内で西高にしかないんだよ、マンドリン部」

「へえ」

「私は北高の制服が良いんだあ。可愛くない? あの色のスカート」

「たしかにちょっと珍しいよね」

「でしょでしょ!」

「ねえねえ、北高の近くに韓国コスメの店あるの知ってる?」

「え! そうなの? 北高行ったら寄り道し放題じゃん!」

「ね!」


 いつの間にか盛り上がる友人たち。私はすっかり置いていかれてしまった。


 みんな悩みなんてないんだなあと思う。

 やりたい事に向かって一直線。勉強したくないとか受験やだとか、口ではそんな事を言っていた気がするけど、みんな嘘じゃん。もっと先の事、すっごく楽しみにしてるじゃん。


「私はぶっちゃけさあ、西高から指定校推薦狙ってるんだよね、H大の」

「あー、田中先輩もそれで大学行くって言ってた!」


 ……なにそれ。なんか知らない単語が飛び始めた。


「AO入試とかさあ、やっぱそういうの強い先生がいるとこ行った方が良いらしいよ」

「まじかー。でも使えるものは使いたいよね」

「わかる。苦労したくないもん」


 ねえ、待って? なんの話してるの?

 高校入試の話だったよね。それ、なんの話?


「就職もさ、インターンとかちゃんとやらなきゃ駄目だって」

「そうなん?」

「そうそう。先輩と仲良く出来るサークル入って情報集めた方が良いって。差がつくらしいよ、結構」


 待って。待って。

 ちょっと待って!

 なんの話? ねえ!


「だいたいさ、低賃金とかいうけど、独りで生きてくなら充分じゃない?」

「わかるー! 私子どもいらないもん。子どもに金かからないなら普通に生きれるでしょって思う」

「えー、私は子ども欲しい。てか結婚したい」

「え、ほんとに? コスパ悪くない?」

「逆に一人暮らしとか寂しくない?」


 待って。待ってよ……。


「まあでも、死ぬとき独りは嫌かも」


 待って。


「でもそれこそ結婚したって死ぬ時は独りかもよ? 旦那が先に死ぬかもしれないし、子どもだって家を出てってるかもしれないし。誰かに看取ってもらえるとは限らないじゃん」


 待って……。


「それな。だったらもういっそシェアハウスにでも住むか」


 ねえ、待って。


「いやそれ、老人ホーム!」

「たしかに!」


 わははと笑う声を聞いて、なにかがプツンと切れた。


「あ。それで、アンタは進路どうすんの?」


 手にした進路希望調査票をくしゃくしゃと丸める。


「ちょ、やめなよ。それ明日提出のやつじゃん」


 馬鹿馬鹿しい。私の頭の中に進路なんてない。


「そうだよ、とりあえず適当に書いて出したら?」


 学校なんて行きたくないし、就職もしたくない。結婚? 子ども? 死?

 そんな先のこと、知るか。


「ねえ、大丈夫? あの、困ってるなら相談乗るよ?」


 無理。無理。無理。


「そうそう! 将来、なにしたい? そういうとこから考えようよ」


 何もしたくない。

 みんながみんな将来に夢や希望を持ってるわけじゃない。

 みんなみたいに、色々考えているわけしゃない。


「それか、嫌なことを排除して、残った所に進むとかね。ほら、北高ってマラソン大会あるじゃん。だから私、北高以外にした」


 夢もないけどさ、何もないんだよ。

 嫌なことを排除したら何も残らない。

 私、何も残んないんだよ。

 無理なんだよ。


「大丈夫だよ」

「やりたいこと見つかるよ」

「高校行ったら」

「大学行ったら」

「就職したら」

「結婚したら」

「死ぬまでに」

「きっと」

「きっと」


 ああ!

 ああ!

 うるさい!


 私にはわかんない。将来とか、やりたいこととか、わかんない。

 みんなが当たり前に持っている夢とか希望とか、私は持ってない。


 だからやめて。

 もうやめて。


 私にはわかんない。

 あなたたちみんな、意味不明だよ。

 みんなみんな、私の全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れ。

 私はそんなに強くない。

 群れには入れない。


 高校なんて、行きたくない!

 どこにも行きたくない。

 何もしたくない!


 ぐしゃぐしゃになった進路希望調査票を投げ捨て、私は教室を飛び出した。

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