「KAC20241」午前6時になる前に

日間田葉(ひまだ よう) 

……

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。


 俺は息子から今日の朝六時に起こしてくれと昨日の夜に頼まれた。頼まれた、というよりそれは命令に近かった。


 俺は眠れない夜を過ごして朝を迎えていた。時間に余裕があったはずなのに気が付けば時計の針は五時五十七分を指している、六時まであと三分しかない。


 息子は何かのきっかけで激高しては殴る蹴るの一方的な暴力をふるう。そのきっかけはほんの些細な事であり理由も分からない。理由などないのかもしれない。


 どうすればいいのか分からないまま時間だけが過ぎていった。こうなって十年は経つが俺たち家族はそんな息子でも我慢して根気よく接していたと思う。


 だが、ある日のこと、俺が仕事で何日か家を空けて帰って来た日、妻と娘が抱き合って玄関前で震えて泣いていたのを見て俺は初めて息子に殺意がわいた。


 妻は娘をかばい幾度も酷い暴力を受けたのだろう、乱れた髪が涙で頬に貼り付いていた。家の外に逃げた二人を執拗に殴る息子を想像すると怒りがおさまらず俺は息子に手をあげた。それから息子の家族への暴力は一層ひどくなる。


 妻と娘を守るために妻の実家に二人を避難させることにしたのは三か月前の事だ。二人は今頃どうしているだろう。


 そんなことを考えていると、もう一分半が過ぎた。起こせと言われても寝起きが悪い息子は必ず暴れ出す。しかし、起こさなければ「どうして起こさなかった」と俺を殴るのだ。どちらにしても殴られる。


 もう疲れた。


 理不尽に暴力を受けた体が寒さできしむ。痛いな、今頃になって痛いと思うなんて。殴られている時は興奮して痛さもないのかな。なんて、どうでもいいことで気を紛らわせるが時計の針は無常に音を立てて進んでいく。その音は段々と大きくなって俺を責め立てる。


 ふらふらと息子が眠るベッドの周りを行ったり来たりしていた俺は部屋の片隅にあった金属バットを見つけ何気なく手に取っていた。


 息子はベッドで穏やかな顔で寝ている。暴れていない時はごく普通の優しい青年にしか見えない息子。いつからこうなってしまったのか。

 

 息子が小学生の時は明るい野球少年で毎日庭で素振りをしていたな。ふと思い出してバットを元の場所に戻そうとしたとき、時計のアラームが鳴った。


 ハッとして顔をあげると殴られて頬を腫らし首には絞められた跡がくっきり残った今にも死にそうな俺が鏡の中からこちらを見ている。


 気が付いたらベッドの中で息子は頭から血を流して動かなくなっていた。


 その後の事は覚えていない。




「刑事さん、息子はね、生まれた時にはこんなふうに小さくて、目もまだ開いてなくてね。ためしに『俺がパパだよ』って呼びかけてみたら、一所懸命に開いてない目を開こうとしながらね、俺の方に顔をむけるんですよ。こいつ分かってるのか、なんて思ったらそれは愛おしくて。可愛かったんですよ。本当に。可愛かったんです」



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「KAC20241」午前6時になる前に 日間田葉(ひまだ よう)  @himadayo

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