魔刃騎甲外伝~~猟騎山脈~~

もりくぼの小隊

雪山を歩く魔獣

 雪山と氷の小国領ミブフーラ──ロンキマレプ山脈


 一年中と雪が降り積もる高き標高の「ロンキマレプ山脈マウンテン」の空は灰が空を覆うような雪雲に全てを奪われ、ゴウと荒ぶる吹雪を地上に降ろし続けていた。辺り一帯は白く凍える世界アイソレーションとなるこの雪山に人ひとりが取り残されれば瞬く間に生命は天へと拐われてゆく事だろう。この過酷な氷雪世界を生身で生き抜くには人間の「生」というものはあまりにも脆く儚いものである。


 アイソレーションな空間を生身で生きることを許されるのは毛皮持ちな生物であり、体表に魔結晶マギカラドを生やす「魔獣ブルートゥ」はこの白き世界の頂点と呼べる存在であろう。魔結晶鉱石マギカラドが芳しいロンキマレプ山脈であるが、魔獣が我がものと闊歩する光景はさして珍しいものでは無い。魔力吸収の良い樹木環境が無くとも平地より太陽が近いため山頂周りの岩肌などにも魔力の塊となる魔結晶が生えてくる。ガルシャの「魔獣の森ブルートゥ・フォレスト」の魔結晶マギカラドの質には遠く及ばなくはあるが、山に住処を作った魔獣の食糧としては上等なものである。

 灰と積もれた雪雲空の中では魔力溢れる陽光が届かぬ時間の方が長くはあるが、確かに魔獣の棲息する環境下を作り出しているのだ。ミブフーラの山脈に住まう山魔獣達は生き抜くために芳しい魔結晶を求め喰らい、周辺の魔結晶山の恵みが尽きてゆくと移動を始める。縄張りでは無い他の山脈にも脚を向け、そこを住処とするモノ達から純粋自然な獰猛さで住処を奪い、魔結晶を喰らい続け己が内の魔力を太らせ、肥大化してゆくのである。


 そして、この白き世界を悠々と己が存在を主張するかのように巨躯を揺すり歩かせる生物がひとつ。それは山脈に住まう動物か──否、ゴウと過酷な吹雪く環境下でこれほどまでに悠々と歩める生物は「魔獣ブルートゥ」以外にはありえないだろう。別の山脈を越えて魔結晶鉱石を求めロンキマレプ山脈の山頂を目指しやってきた縄張りなぞ持たぬ「住処持たず」な余所者な山魔獣である。


 その体表に生やした魔結晶マギカラドは己が生き抜いてきた勲章であり、底知れずに眠りもせず捕食活動を繰り返せる太らせな魔力量は底無しと呼べるだろう。白い体毛に覆われたその身体は魔獣「ベア・リグィ」そのものであるが、顔は穴ぐらの魔結晶を舐め削るために進化したベア・リグィ特有な長い舌を納める長細な形ではなく、大狼を思わせる顔付きである「ウル・ガルガァ」のような口周りは魔結晶と同化し、生え揃った強靭な四対よついの巨大な牙もまた然りである。雪を蹴散らし歩むその四肢に生やす巨爪も同じく魔結晶と同化しており、共に生物の血肉が馴染む捕食者の色合いを見せている。このベア・リグィの巨躯とウル・ガルガァの顔を持つ魔獣はこの牙と爪で硬化した魔結晶でさえも噛み砕き己が魔力へと吸収してきた。その全高は、ゆうに十五メートルと超え、文字通りな「怪物の巨躯」である。人間と言わず出会う生物はひとたまりもなく肉塊と姿を変えるのは間違いないと言える。


 悠々と歩み進める白毛のチグハグ魔獣の前に自然とは違う造られた空間というものを琥珀色アンバーな眼に捕らえる。それはかつてここを住処としていた人間の残滓、廃れた村であろう。ここを住処としていた者達は過酷な白き環境下に耐えきれず住処を捨てたか、自然という猛威に身と魂を喰われたか。それは今となっては誰にも分からない朽ちた雪荒れの残滓である。ただ、魔獣の脳髄はこういった場所に餌となる魔結晶が転がっていることやそれをたんまりと溜め込む小さな弱い獲物がいる事を知っている。幾度と襲い、喰らい、人間という存在をいたぶる狩りの味を牙も爪も、覚えてしまっているのだ。魔獣がここに人間という獲物がもういないという事実を理解する必要は無い。ただ、本能から魔結晶マギカラドといたぶる獲物を飽きるまで探し続けるのみである。


 魔獣は廃村に足を踏み入れ、中心にある雪解け水を貯めた消雪井戸へと向かい滑車と桶の着いた屋根部を柱ごと爪で力任せに破壊すると井戸の奥に顔を埋めて覗き込み鼻を鳴らした。感じられる匂いは溜まった水と苔臭さのみである魔結晶マギカラドを感じ取れる事は無い。ここには無いと野性が理解すると肥大な身体をモゾモゾと動かし、井戸に埋めた顔を持ち上がらせた──瞬間であった。


 体表に生えた魔結晶に何かがぶつかる衝撃を感じ、魔獣は身体を大きく浮かせ琥珀色アンバーな瞳に筒を構えた二足立ちを建物の上に捉えた。


 魔獣はあれの存在も知っている。小さな弱い獲物よりも多少大きな二足立ち。邪魔な殻に覆われた獲物。多少大きなだけで魔獣よりも小さな事には変わりない殻の二足立ちは何度か狩り獲物として仕留めたという野性の自信はある。この魔獣に恐れという概念は無い。あの殻の下には旨味のある魔結晶が隠れている事も知っている。色の識別のできぬ琥珀色の眼は屋根上の二足立ちをとらえたまま、筒から撃ち出された氷のつぶてを見つめ自慢の牙にぶつかり、雪上に一瞬と転がされた。牙には衝撃こそはあるものの傷ひとつとつけられてはいない。小さき獲物の反撃行動に魔獣はガルガァな顔に怒りをあらわとし雪撒き散らし立ち上がる。屋根上の獲物に向けてその殻を食い破ってやると激怒した咆哮を氷雪の世界にあげた。


 小さき獲物──緑青色ヴェルディグリ魔刃騎甲ジン・ドールは両手持ちな魔騎装銃を構えたままに肥大な獲物を単眼越しに見つめとらえ、咆哮で痺れるように腕の外装が揺れる感覚を握る操術杖ケインから魔操術士ウィザードは感じ、木苺のような丸く小さな眼を瞼で隠し、低く深い声音を震わせ息を吐くと鋭き眼光で睨みを返す。


 いま、両者の狩りの時がきた。

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