休憩時間

 泰地たいちはゆっくりと立ち上がり、階段の方へと足を進めた。このままゲームが続けば、次は彼と城矢じょうやが風花たちと戦う番だ。しかしゼクスは、ここにきて意外なことを口走る。

「今回はそれぞれのペアの親睦を深めるべく、一日の猶予を与えマス! 次の試合は、明日行いマス!」

 思わぬ形で期待を裏切られた泰地は、密かに舌打ちをした。愛姫あきは水面にカヌーを生成し、その上に乗る。

「行こう、出雲いずも。ちょっとだけ、散歩しよっか」

 その誘いに、出雲は頬を赤らめた。一方で、その発言に深い意味がなかったのか、愛姫は首を傾げている。

「うん、行こう」

 そう答えた出雲はカヌーに乗り、愛姫と共にオールを漕ぎ始めた。



 半壊したビル群を覆うような木々の生い茂るその街で、愛姫はカヌーを進ませながら思考する。今彼女の眼前にいる冴えない男には、何かしらの利用価値がありそうだ。そこで彼女は、彼の心の隙に入り込む話題を考える。彼から得られる印象を頼りに、愛姫はその人間性を分析した。そして彼女は、一つの話題に辿り着く。

「このゲームのプレイヤーたちって、ろくなのがいないよね」

――陰口だ。彼女の真意を掴めない出雲は、怪訝な顔をするばかりである。

「そ、そうかな?」

風花ふうかは暑苦しいし、変な香水にこだわってる。由美ゆみは風花の腰巾着だし、城矢はなぁんかウザったいじゃん? 泰地はもう、怖いっていうか、人間じゃないし……」

「確かに、そうかも知れないね……」

 深く考えることもなく、彼は眼前の少女に同調した。そこで愛姫は、更に彼との距離を詰めようとする。

「ここのプレイヤーたちで信用できるのは、出雲だけだよ。出雲は優しそうだし、少なくとも悪い奴ではなさそうだもん」

「あ……愛姫さん……」

「これからもよろしくね、出雲」

 彼女は満面の笑みを浮かべた。その笑みに魅了され、出雲の中で何かが狂い始める。自分が、この少女を守らなければならない――彼はそんな使命感を覚えた。



 その頃、風花と由美はエアロモートに乗り、水上でホバリングしていた。そんな彼女たちを取り囲んでいるのは、五体のディフェクトだ。由美は手元に光線銃を生み出し、臨戦態勢に入る。そんな彼女に対し、風花は真実を告げる。

「待ってくれ、由美。ディフェクトも、元々は人間なんだ。コイツらも、かつてはボクたちと同じ人間だったんだ!」

 その事実に、由美は生唾を呑んだ。一方で、とうに理性や自我を失っているディフェクトたちは、一斉に彼女たちに飛び掛かる。二人はエアロモートを発進させ、廃屋の隙間を俊敏に飛び回った。五体のディフェクトはひき肉をこねたような音を鳴らしながら変形し、その背中に翼を生やす。そして五体は、風花たちを追いかけ始めた。幾度となく連射される光線をかわしつつ、風花と由美は互いの目を見つめ合う。少しでも気を抜けば、二人は撃墜されてしまうだろう。

「くっ……忘却の遺跡にも、ディフェクトがばらまかれているなんて! 一体、アークの連中は何を考えているんだ!」

 切羽詰まった状況を前に、風花は切なる疑問を口にした。そんな彼女に続き、由美も声を張り上げる。

「やはり、倒すしかないのでしょうか! ディフェクトと化してしまった者たちを!」

 一発、また一発と、追手たちは容赦なく光線を放っていく。相手を殺めることを躊躇しているのは、風花たちだけだ。


 その時である。


 突如、上空から凄まじい火力の光線が降り注ぎ、五体のディフェクトを一掃した。驚いた風花たちが背後へ振り向くと、その視線の先にはエアロモートにまたがった泰地が降下する。

「……話は聞かせてもらった。ディフェクトが元人間であっても、殺すことは躊躇うな。少なくとも、このゲームを勝ち抜きたいのならな」

 そう言い放った彼は、無機質かつ冷淡な眼差しをしていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る