悪名

 突如現れた青年の姿に、環奈かんなは見覚えがある。

「あんたは、朔上泰地さくがみたいち……!」

 そう叫んだ彼女の眼には、底知れぬ怒りが籠っていた。城矢じょうやが怪訝な顔をする傍らで、由美ゆみは首を傾げながら訊ねる。

「知り合いですか?」

 無論、環奈は泰地と呼ばれる青年と互いを見知った仲ではない。それでも彼女には、この青年を知り得る理由がある。

「そっか。忘却の遺跡で多くの時間を過ごしてきたあんたたちは、この時代の事情に疎いだろうね。あの男は、この時代を騒がせた連続殺人犯だよ。少なくとも、二桁は殺している」

 そう――泰地はこの時代において、その名を轟かせている犯罪者だったのだ。泰地は無表情を維持したまま、己の右手にエネルギーを溜め始める。無論、ここで光線を発射させるわけにはいかないだろう。

「そうはさせないわよ!」

 城矢は光の弾を連射し、眼前の殺人鬼の身を襲った。泰地は気怠そうに首を回しつつ、己の左手でエネルギーの防壁を生み出す。城矢の放った弾は、いずれもその防壁に弾かれた。その直後、泰地の右手から、再び凄まじい光線が発射される。この一撃を一身に浴びた城矢は、後方へと吹き飛ばされた。彼女は近くのショーウィンドウに叩きつけられ、ガラスの破片を散らす。その全身は、酷く負傷していた。


 続いて、泰地は環奈の方に目を向ける。

「次は、誰が俺を満たしてくれるんだ?」

 その声色は無機質だったが、どこか狂気を匂わせるものでもあった。環奈は剣を構えながら間合いを詰め、由美は光線による援護射撃に徹していく。一方で、泰地は再びエネルギーの防壁を生み出し、光線の一つ一つをあらぬ方向に跳ね返していった。そんな彼の眼前で環奈が剣を振り下ろし、防壁を一瞬にして切り落とす。

「遅い」

 そう呟いた泰地は己の右腕に籠手を生成し、エネルギーの刃を受け止めた。そして空いている左手から光線を放ち、彼は環奈を退ける。間一髪のところで急所への被弾を回避した環奈だったが、その脇腹は酷く出血していた。


 無論、ここで彼女を見捨てる由美ではない。

「環奈さん!」

 由美は二人の方へと駆け寄り、大剣を生成しながら振り下ろした。泰地はその斬撃をかわし、彼女の後頭部に裏拳を叩き込む。その強烈な一撃により、由美は意識を失った。力なく崩れ落ちる彼女を前に、満身創痍の城矢は驚愕するばかりだ。

「あの眼鏡女が、たったの一撃で……あの子、なんて強さなの!」

 もはや戦況は絶望的だ。三人の力を束ねてもなお、その目の前に立ちはだかる殺人鬼は傷一つ負っていない。その圧倒的な強さを前に、環奈は緊張感を噛みしめる。

「連中も、とんでもない奴をゲノマにしたものだね……」

 元より、アークは強いプレイヤーの存在を望んでいた。そして泰地のような猛者が現れることは、彼らからしても予想外だっただろう。


 その時、どこからともなく、拍手の音が聞こえてきた。


 その場にいる全員が、一斉に同じ方向を睨みつけた。そこにいたのは、ポータルから登場したゼクスであった。

「とんでもない逸材が現れマシタネ」

 そう呟いた彼は、気を失っている由美を宙に浮かせた。直後、彼女の体はポータルの中に放り込まれ、その場から姿を消した。これで一先ず、由美の回収は完了だ。唖然とする環奈を横目に歩みを進め、ゼクスは泰地に声をかける。

「ずいぶん楽しそうに戦ってマスネ。そんなユーに、オススメの場所がありマス」

「また俺を捕まえるつもりか?」

「とんでもないデス。ユーのような力を持つ者が集い、全力で戦うための会場があるという話デスよ。どうデス? ユーにとっては、悪くない話デショウ」

 その提案に対し、泰地は一切の迷いを見せない。

「何か裏のありそうな話だが、乗らせてもらう」

 闘争を望む殺人鬼は、易々と相手の提案を呑んだ。

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