第6話





 「藤吉先輩は、荻島先輩と付き合ってるんですか?」

 吹奏楽部の後輩に質問された。

 GW前の最後の部活後、GW中は、都合がいい日に自主練習してもいいと許可が出ているので、あたしが携帯のスケジュールでバイトの日にちを確認していた時のことだ。


 「……なんで?」


 「よくお昼一緒に食べているって訊いて……」

 「昼飯一緒に食べていると付き合ってるって?」

 「いやー。そのう……あたし達も……多分……藤吉先輩はそんなんじゃないって知ってるんですけど、一応、尋ねてとか云われて……」


 あたしの肩をポンと叩いて宮城野先輩が首を横に振る。

 きつく当たるなって? せっかくの新入部員を逃す気かって? そう云いたいんですか、宮城野先輩は。


 「そういうことは直接、ヒデに訊けヒデに」

 「荻島先輩とは接点ないんです」

 「今から野球部行って訊けばいいじゃん。昼飯時にきてもOKですよ、てか、今から行くか? 付き合うだけならあたしは構わないよ。だけどね、橋渡し頼みたいって云われたらお断り。あたし既に友達の応援に回ってるし。あたしの友達、ヒデ狙いだから」

 「ええええええ」

 「まーじーでー」


 後輩達はその場でしゃがみ込む。

 まあ、あたしが応援に回ってても美香が気持ちを成就するのは難しそうだと、思い始めている。

 ヒデは野球のことしか頭にないだろうし、例の「ライバルじゃない」発言もあるしな。

 ヒデはあんなに意識してるのに、ライバルとして認められてないなんて不憫すぎる。

 そういう存在がいるんじゃ、恋愛に視野を広げる気にならないんじゃないかな。


 「藤吉にそんなことを頼んだら、高くつくぞ……よく考えろ」

 「高くつくって何がですか」


 1年がびびりながら宮城野先輩に問いただす。

 怖いもの見たさ訊きたさ感が満載だな。


 「だからさ、ヒトサマの恋愛の橋渡しさせよーってんなら、いい男紹介しやがれくらいはいうから、藤吉は。しかもハンパなヤツを紹介したら、後々どうならかわからんからな」

 「あったりまえですよ、他になんのメリットが? アンタ達も「友達に頼まれた~」なんていうんなら、それなりに代償貰ってんの?」

 「友情は無償ですよ、藤吉先輩」

 「先輩だってそうでしょう」

 「そう、友情は無償、でも後輩の友人に対しては全然知らないし、面識ないから有償だってーの。紹介したら合コンぐらい設定してくれるんでしょうね、当然、ヘンなの一人でも入ってたら、怒るよ。わかってるよね? こっちは荻島を紹介する立場になんだよ? それに、当然あんたたちの友達も大丈夫でしょうね、ストーカー気質だったりしたら、どうなるかわかってる?」


 1年の一人はその場でメールを打ち始める。

 諦めろぐらいは書いてるんだろう。

 あたしはトランペットをケースに納めて鞄を持って、音楽室を出た。






 「藤吉……そこまでいうこともないだろうが……」


 宮城野先輩が呆れ気味に声をかけてくる。


 「だーかーらー、人伝手じゃなくて、本人が当たって砕けろっていうんですよ」

 「美香にはそれを云わないのは?」

 「……」


 美香は多分、ヒデが好きだ。はっきりと肯定しないけれど、見ていればわかる。

 なんとか美香をアピッてやろうとは思っているんだけど……。


 「美香は積極的じゃないから、思うだけでいいとか……そういうタイプでしょ」

 「そうねえ」

 「そういうの、なんか羨ましくて」

 「……」


 「それに、云わないと――――結構、後々まで燻るもんですよ」


 云わなかった思いが燻るのは実証済みだ。

 5年前の春に、引越しのトラックの中で咽び泣いたことを最近になって思い出す。

 時間が解決したと思っていたのに、最近になってこう思い出すのは、当事者と再会したからだ。


 「ねえ、藤吉、あんた、荻島少年とは幼馴染ってだけなの?」

 「いくらなんでも……小学生でお付き合いってーのはどうかと思うんですけどね、宮城野先輩。5年前あたしはそこまで進んだお子ちゃまじゃないっすよ。もっと純情なお子ちゃま」

 「純情だから。今のあんたじゃ。恥ずかしくって云えないぐらい、幼くて、でも純粋な気持ちだけで、荻島少年と向き合ってたんじゃないかなって」

 「……」


 ある意味それは正解だ。


 「実はそれが初恋だったり―――――」


 宮城野先輩の強い探るような視線にあたしは何も云えなくなる。


 「……」

 「したわけね……」


 ごめんなさい……正解です、宮城野先輩。

 当時は全然気がつかなかったけど、あれが多分あたしの初恋でした。

 敵わないわ、この人には。


 「まあ、そうですよ、美香にはナイショで」

 「……」

 「昔のことだし、ヒデ本人にだって伝えてないんです。気がついたのが遅かったし―――」


 住所だって家の電話番号だって知ってるのに、連絡なんてとれなかった。

 でも、どうしても顔が見たくて、引っ越した後、実はこっそり梅の木グラウンドに足を運んだことがある。

 でも、そこにはヒデの姿はなかった。

 当たり前だ、梅の木グラウンドから、ヒデはシニアのチームのグラウンドで野球をやっていたに違いないから。

 だから、いないのはわかっていたけれど、もしかしての偶然とかを期待したりしてた。

 結局会えなくて、その日は帰りの電車で号泣して……。

 うわああ、こういうのは思い出すと恥ずかしいなあ。


 「まあ、気持ちはね、終ってるし―――――……」


 そう、終ってるんだけど、どうして、こんなに鮮明に思い出すんだろう。

 あの時は、言葉にも感情にも顕わすことができなくて、ひたすら泣いてた記憶なのに。

 なんでだか思い出は綺麗すぎる。


 「それは、どうかと思うけどね」

 「……勘弁して下さい。友達と男取り合うのは避けたい。それに、ヒデは、美香みたいのが好みですよ」

 「付き合うタイプと好きなタイプは、合致してない場合もある」

 「あー、やだやだ、けしかけないでください。イヤな先輩だ」

 「なにおう、こんな後輩思いの先輩はいないぞ、藤吉。あたしのことはお姉ちゃんって呼んで」

 「絶対いや」


 あたしが切り捨てるように云うと、先輩もあたしも吹き出してしまった。




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