第2話



 体育会系文化部であろう吹奏楽部で朝練するのは、私と先輩――――――宮城野先輩ぐらいだ。

 今日はまだ先輩は来てない。

 あたしは寒い音楽室の暖房をつけて、楽器を暖める。

 イイカンジになったところで一曲吹き鳴らすのはいつもと同じ。


『栄冠は君に輝く』 


 一曲鳴らし終わったところで先輩が音楽室に入ってくる。


 「早いじゃないの藤吉」

 「えへ」

 「まったくやったこがなくても1年近くも経てばそこそこ聴けるわ」

 「あたしのことっすか!?」

 「他に誰が?」


 きっつう……。


 「今年はサッカー部も年末の予選で敗退しちゃったからねえ、東蓬は冬の時代かね」


 いや、あたし的にはラッキーですから。

 だって、まだまだなのに、いきなりスタンドで吹き鳴らせって言われてもさあ。

 ミスったら恥ずかしいし。


 「美香が云ってた、春はいけるって、秋季大会の成績がよかったんですかね」

 「秋季大会?」

 「秋の大会ですよ、春選抜の予選といっちゃアレだけど、まあ大会の結果は出場基準に大きく関係してくる大会。だから春の選抜は夏と違って予選大会はないんです」

 「藤吉、あんた、野球詳しいの?」

 「……ナンで知らないんですか、普通でしょ?」

 「いや、知らないでしょ、一般女子高生は」

 「……」

 「秋は応援はないんだよね。忙しかったし、文化祭とかで。部員が多かった時は、なんか演奏会があってそっちに集中していたみたい」


 つくづく。冬の時代だなあ。スポーツ系だけじゃなくて、この部も。

 応援の花形じゃないか。吹奏楽部なんて。

 もっと部員いてもいいのにな。

 子供の頃にTVで見た甲子園のアルプススタンドの華やかなのコト。

 それに比べてこの現状。

 もしこれで春夏と連続で甲子園に行けたとしたら、こういう応援の裏話もTVで流れるんだろうな。

 順当に勝っていけばっていう話だけどさ。


 「美香が今年は春は行けるっていうなら入るかもね。すげえのがいるんだってさ。野球部」

 「すげえの?」

 「間違い無く、甲子園のスターになるだろうだって」

 「へえ……でも春はなあ春休みでそれ見てきてくれる子はいるんですかねえ」

 「中等部からの持ちあがり組に期待しろ」

 「まあ、あたしより、上手い子が入ってくるよう祈ってますよ。教えてもらう」

 「プライドないのか。藤吉透子」

 「ないっす。そんなもん、結果が上手くできればいいんです」

 「……その為の朝練か、あんた、絶対体育会系だったしょ?」


 あたしは最近流れてヒットしているキャッチーなアイドルソングを吹き鳴らし始めた。




 「藤吉、やっぱ、春休みあけとけ」

 「はい?」

 「決ったってさ、選抜」

 「――――――えーと、つまり、行くんですか?」


 甲子園へ。マジで?

 それまで話半分にきいていたから、本格的になると訊くとドキリとする。


 「おう、特別予算も出るってさ」

 「もともと積みたてもあるんでしたね」

 「それを使う」

 「――――――まじ、良かったんだ、秋の成績」

 「OBとそれから中等部で吹奏楽部やっていた連中も参加するってさ」

 「ほう、じゃあ、あたしいなくてもOK?」

 「バカヤロ、ふざけんな。放課後の練習はそいつらと合同になるから覚悟しておけ」


 その報告を受けて、あたしは、その日の放課後、音楽室に行く前に、校内の敷地に隣接する専用グラウンドに脚を伸ばしてみた。

 野球部、丸刈りだわ。

 決ったらこうだもんな。

 目立たないけれど春休みと夏休みはこうなるんだよな。

 漫画やドラマだけだっつーの長髪の高校球児。

 だからモテルとは云い難い。

 フェンスによりかかっていると、美香があたしの姿を見て走ってくる。


 「透子」

 「春出るんだって?」

 「もともと――――――都内では強い学校だったしね、秋に使った1年が思いの他よかったから行けるんだって監督云ってた」

 「1年ね」

 「前の監督は年功序列を重んじるって云うか、自分も任期最後だから夏大会は2、3年生中心で組んでいたんだけど、秋に監督が交代したから」

 「……」

 「実力主義っていうか」

 「ふうん」


 どっこもあるんだな、そういうの。未だに。

 体育会系なんてどこもそんなもんか。

 年功序列で実力を排除。

 実力ある1年生使わなくて、よくまあその1年生、この春まで腐らずもったもんだ。

 もともとここは中等部の部活に力いれてるし。

 そこで活躍した連中が自然とそのまま持ち上がってレギュラーっていうのが定番だ。

 そこにレギュラーに食い込んでるのはスカウトが目をつけて引っ張ってきた人材だろう。

 シニアで良い成績でも残したのか。

 キャッチボール練習を始めたらしく、それぞれがペアになってキャッチをはじめる。


 「とにかく、すごいんだってさ、投げて良し打って良し。わたし、野球はよくわかんないけれど、その子、すっごく目立つのよ。きっと有名になるよ―――――」

 「……」




「荻島君は」




 美香さん。

 今なんとおっしゃいました?


 「……透子?」


 多分あたしすっごくヘンな顔している。と思う。

 鏡見なくてもわかる。

 美香を凝視した後、うっかりグラウンドを見渡してしまった。


 「どの子?」

 「……」

 「てか、どんな子?」

 「透子?」

 「まさか――――名前が秀晴じゃないでしょうね」




 ――――ヒデ……。




 まさか、まさか、あんたなの?

 あたしの記憶の中にある、小さな小さな野球少年。

 記憶の中のヒデはレガースもプロテクターもマスクも、身につけていたら、ぶかぶかに見えた。

 くったくなく笑い、試合に負けたら号泣する。



 「……透子……知り合いなの? 荻島君と……」



 あたしは意識を思い出から現実に戻して美香を見る。

 キョトンとして、小首を傾げる美香の顔は複雑そうな表情だ。

 この表情から美香のこの時の心情を察すれば良かったと、あたしは後々後悔することになる。


 「……昔そういう名前のヤツが近所にいてね……それだけよ。同姓同名の別人かもしれないしー」


 この世に。

 同年代でこの地域で野球をやっていて。

 名前が同姓同名の別人が――――いるだろうか。

 都内は広い、学校数は多い、人口も――――……多いから、ひょっとしたら、そういう同姓同名の別人もいるだろう。


 だけど。


 どう考えても、同一人物の可能性が大じゃないか。

 なんかドキドキしてきたぞ。

 まさかな。

 そんなことはないだろう。

 あたしが、じゃあねと、音楽室に向おうとしたところ、美香が声をあげる。



 「あ、レギュラー組、帰ってきた」



 レギュラー組と、その他は別メニューだったのか。

 あたしは身体が動かなかった。

 もしかしたら、ヒデがいるのかと思うと身体が一瞬固まってしまった。




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