第5話



 トーキチ、お前、今日の試合が何日だかわかってる?

 3月14日のホワイトデーってヤツなんだよ。

 先月のチョコレートのお礼に、リトル卒団の最終試合を勝ちで終わらせたいじゃないか。

 みんな口に出さなくても、お前を勝利投手で終らせてやりたい気持ちがあるんだよ。

 実は岡野なんかお前にベタボレだし、卒団した小柴さんだって、お前のこと気にかけてた。

 そんなこと知らないだろ。

 女って、肝心のところ、全然わかっちゃいねーんだから。

 そんな中でオレはお前とバッテリー組んでて、すげえ、うらやましがられてんの、実は得意だったぞ。

 オレから見れば、お前は確かにオンナノコってカンジはしねえ。

 でも、なんてゆーか、憧れたよ。

 同い年なのにな。おむつしてた頃から一緒だったのにな、おかしいよな。

 でも、オレより先にリトルに入って、ユニホーム着て、マウンドに立つお前は、文句なしにカッコよかった。

 プロ野球選手もすげえけど、もっと身近なオレの憧れのピッチャーだったんだ。

 そんなオレの内心なんて、トーキチのヤツは知っちゃいない。




 マウンド上でロージンバックを握り、指を整える。

 試合は最終回まできた。

 二死満塁。向えるバッターは4番。

 さっきから何球もいい飛距離でファールを上げている。

 三塁ランナーは足が速い。いつホームに突っ込んできてもおかしくない。

 なのに、こんな時でも、マウンドに立つトーキチは怯まない。

 さっきの打席の時、トーキチ得意のスローカーブはタイミングを計られていた。

 だから……打ちあがっていたんだ……。

 なら、もうここしかねえだろ? こい。


 直球ど真ん中だ。


 オレの出したサインを見て、表情一つ変えやしねえ。

 もし、オレがピッチャーで、こんなサイン出されたら、表情でまくりだろう。

 オレが出す、どんなサインも、お前は無表情で投げてきた。

 このチームが負けるのは、オレが研究不足でリードが上手くできなかった時が多い。

 そんな負け試合でも、試合が終るマウンド降りる瞬間まで、お前はオレの指示通り投げてきた。

 その身体を肩をしならせて精一杯のストレートがオレのミットに収まる。


 「ストライク!」


 審判の声がグラウンドに響き渡る。


 「うたせてけー!」

 「こっちこーい!」


 野手のみんなが声をかけてくる。

 オレはボールをトーキチに投げ返す。

 トーキチは足場を慣らして、オレの次のサインを待つ。

 もう一度だ。


 もう一度、直球ど真ん中。


 トーキチのストレートは球速があるわけじゃない。

 本人はそれをわかってるし、実際苦手だろう。

 小柴さんのような豪速球ピッチャーの後釜に納まったのは、コントロールとスローカーブが武器のお前だから、できれば、そっちで勝負したいだろうな。

 でも、この4番はお前のスローカーブを狙ってる。

 トーキチは、表情に何も浮かべず笑顔さえもなく、オレの指示通り投げてきた。


 「ツーストライック!」


 パシィンとトーキチのボールがオレのミットに収まる。

 今度はどうだ?

 またストライクで攻めると思ってるか?

 バッターはバッターボックスから一度出て、2、3度スイングをしてから、またバッターボックスに戻る。

 振りたいだろう、ここで振ったら逆転だもんな。

 4番のプライドにかけて、勝負に出たいだろうさ。

 内角に投げるように、オレは指示を出す。

 でも、球種はストレートだ。

 内角から外へ変化するスローカーブに出だしは見えるはず。

 勝負に出たと思って、思いっきりバッド振ってくれよ。

 バッターのグリップを握る音が聞こえる。

 力入ってるぞ。


 来い、トーキチ!


 トーキチは内角ストレートを投げる。

 ミットを構えるオレは、一瞬思う。

 最後の試合だから、オレの指示じゃなくて、自分の投げたいコースに投げたい球種で勝負したいんじゃないかって。

 でも、それはほんの、一瞬だった。

 トーキチはオレの指示通りのコースで、ストレートで投げてきた。

 バッターが思いっきりスイングする。

 パシイィンとオレのミットにボールが届く。

 空振り三振!!


「ストライク! バッターアウト! ゲームセット!!」


 野手がトーキチの背中をバンバン叩く。


「やった、やった、トーキチすげえ! 最後粘ったなあ! 三振だ!!」

「偉い!」


 バッターは悔しそうに呟いて、ホームにバッドを叩く。

 マスクを上に上げて、マウンドに視線を送っていると、相手バッターは呟く。


 「最後の試合だってーのに、しまんねえ終り方」

 「コッチは心臓ドキドキもんだった」

 相手は驚いたような顔でオレを見る。

 「……ウチのピッチャーの引退試合だからな、花道つくってやりたかった」

 「オレ達も引退だ」

 「あいつ、女だから、もう、野球はこれでお終いにするんだと」

 「……なんだそれ、あいつ、女じゃねーだろ。勿体ねえ」


 それは褒め言葉なんだろうけど、トーキチに伝えようかどうかは迷うところだ。


 「全員整列!」

 道具をそれぞれベンチ近くに投げて、感動の余韻をまだどこかに残しつつ、ホームベースを挟んで一列に並ぶ。

 「3対2で梅の木ファイターズの勝利! 一同礼!」


 『有難うございました!!!』


 45度に身体を曲げて、帽子を外してフカブカと一礼する。

 帽子を被りなおす。

 あとは荷物をまとめて集会場でもんじゃ大会だ。

 多分、そのまま、卒団会になる。

 勝ちゲームで卒団会は気分がいい。

 だけど、そうしたら、オレ達がこの「梅の木ファイターズ」のユニホームを着ることはもうない。

 3年間このチームにいたオレがこれだけ名残惜しいんだ。

 多分、トーキチは……オレ以上に想うところはあるんじゃないかな。


 「トーキチ」

 「……ヒデ」

 「勝利投手じゃん」

 「ヒデのリードが想いの外よかった」

 「なんだよ、それ」

 「褒めてんの、ヒデ……」

 「あ?」

 「ありがとう」


 らしくねーじゃん。そんな顔は。

 勝ったんだから、笑えよ。

 泣き出しそうな顔すんな。

 オレはトーキチの帽子の鍔をグッと下に向けさせて、顔を半分隠してやった。

 頼むから、泣き出すな。

 いつだって、お前は泣かなかっただろ?

 むしろオレの方が泣いていたぐらいだったんだから。

 すげえ勝手だなって自分でも想うけど、そのユニホームを着ているうちは。


 最後の最後まで、オレの憧れのピッチャーでいてくれ。




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