鉄翼竜使い、田中健一郎氏

逢沢 今日助

鉄翼竜

「ねぇおじさん、何作ってるの?」

「あぁ? ここはガキが来る場所じゃねぇぞ。帰った帰った!」

 少年の素朴な疑問を、その壮年の男性は冷ややかに突っぱねる。

 少年はその冷たい態度に頬を膨らませたが、男性が何かを汗だくでいじっているその様子がいたく気に入った様で、男性の後ろ姿に

「かっこいいね!」

 と声を掛ける。

 男性は一瞬肩を震わせたが、手を止めず何も言わないまま黙々と作業を続ける。

 直後、少年の後ろから母親らしき人が現れ、

「ちょっと! こんな所に居たら危な……キャァァ! 出たっ!!」

 幽霊が出たとばかりに叫び声をあげるその女性は、少年に触れないままにその子を浮かせ、作業場の出入口へと移動させる。

 あ、と何かを思い出した様子の少年は、浮いた状態のまま

「おじさん、またね!」

 と言葉を残し、作業場から姿を消した。

 一人残った男性は、休憩がてら少し離れての全容を視界に収め、微かな笑みを浮かべる。

「ふん、糞餓鬼が。」

 男は、電子レンジを作っていた。



 魔法都市、エルムウッド。

 人類の99.999999999%に火、水、風の魔法が与えられているこの世界に、実験失敗が原因で帰らぬ人となった元天才科学者である田中たなか健一郎けんいちろうは異世界転移を果たした。

 それも魔法を持たないまま。

 上を見れば空を飛んで出勤する人々、家を見れば手から出した日で肉を炙る人々。

 そんな中でも健一郎は魔法を使いたいと思ったことはなかった。

 機械の浪漫を信じていたからだ。

 だから健一郎は魔法が全ての世界でも、ただひたすらに開発を重ねた。

 誰も使わない為、価値がほぼ無料のレベルまで下がってしまった鉄を浪費し、来る日も来る日も何かを作り続ける健一郎は、傍から見れば変人としか言いようが無い。

 必然的に、健一郎の家はご近所から煙たがられる事となった。

 そして、そんな周りの視線から健一郎の事を隠すように、周りに積み上がった失敗作の数々は天高く積み上がり雨風も凌げるほどになった。

 風化して茶色に変色したガラクタの山、巷では中には魔王が棲んでいるだとか、中に入ったら二度と出られないだとか、健一郎自身が気にしないとはいえ、誰が見ても酷い言われようだった。



 翌日、健一郎がいつものように作業場で開発に勤しんでいると、昨日の少年がまたもや遊びに来た。

「おじさん! こんにちは!」

「また来たのか? 糞餓鬼」

「僕には糞餓鬼じゃなくて、ハーディって言う立派な名前があるんだよっ!」

 ハーディは広い作業場を走り回る。

 健一郎は危ないぞー、と言いながら気にかける様子はない。

「お前、昨日母ちゃんに何にも言われなかったのか?」

「ううん? こっぴどく怒られたよ」

「なのに来たのか?」

「うん!」

「何でだよ」

「え? だって……」

 ハーディは足を止め、健一郎が向き合っている機械に目を移す。

「おじさんの作ってるとこ、なんかかっこいいんだもん!」

「……はァ」

 健一郎は立ち上がり、作業場の奥の扉を開ける。

「そんなに見たいんなら、もっと凄いの見せてやるよ」

 ハーディの表情がぱぁぁっと明るくなる。

「うん! 見たい!」

 ハーディは扉の向こうで階段を下る健一郎に走ってついて行った。

 健一郎は地下室にて厳重に保管されてある冷蔵庫の試作品をハーディにお披露目した。

 この世界には電気が存在していない為テストこそ出来ないままであったが、機能性はバッチリなはずだ。

 ハーディが二人居ても越えられない程の大きさを持つ鉄の箱は、ハーディの幼心を引きつけるのに十分すぎる程だった。

「わぁぁ! おっきい!」

 ハーディは冷蔵庫の周辺を走り回り、あちこちをぺたぺたと触っている。

 やがて、ハーディはその鉄の塊に、扉が付いていることを発見した。

「おじさん、ここの空間って何に使うの?」

「それはなぁ、食べ物を冷やして、長持ちさせるのに使うんだ」

「え?! じゃあこのおっきいのは魔法が使えるって事?」

 健一郎は、いい質問だと言わんばかりに、チッチッと舌を鳴らす。

「魔法なんか使わずに、だ。」

「そんなこと出来るの?」

「出来るさ、それが『機械』なんだ」

 健一郎が分かりやすく決めたところで、ハーディが拍手を送る。

「凄いなぁ、冬は水をだすだけで氷が作れちゃうから良いけど夏なんて暑いから、お母さんが冷えた水を出してその中にご飯を突っ込むんだよ。 そして次の日それを炎で温めて出すから、たまにご飯がびちょびちょの時あるんだよね」

 ハーディがやれやれ、といったポーズで笑う。

「そうだ、俺がこれを作った事はみんなには内緒にしてくれるか?」

「え? 何で? こんなかっこいい事なのに!」

「そうしないと、俺が凄い魔法使いだってバレちまうだろ?」

「うわぁ……おじさん、クサいよそれ」

「なんでお前みたいなガキがそんな言葉知ってんだよ」

 そんな言葉を交わしながら作業場に戻ると、外の夕日が沈みかけていることに気がついた。

「あ、おじさん、僕もう帰らなきゃ!」

「もうそんな時間か」

「じゃあね! おじさん!」

 ハーディは健一郎の返事も待たず夕焼けの中に消えていった。

「かっこいい……か」

 健一郎は自分の作ってきた数々の失敗作を見渡しながら、そう呟いた。

 健一郎は別に誰かに理解されたくてやってきた訳ではない。

 訳では無いが、健一郎に浴びせられた数々の罵詈雑言によって知らず知らずの内に傷つけられていた彼の心が、ハーディのたった一言で救われた様な気がしたのも事実である。

「たまには、外をぶらぶら歩いてみるのもありか。」

 健一郎は、唯一の一張羅である転生時に着ていた白衣をハンガーから取りだし、軽く埃を払ってから豪快に羽織った。



「ただいま〜」

「ちょっと、随分帰るの遅かったじゃない」

「ちょっと用事があって」

「用事って何? まさかまたあの奇人の所行ってきたの?!」

 あんなに凄い発明が出来る人が奇人な筈が無い。

 だって魔法を使わずに食べ物を冷やせるんだから。

 そう言いかけたが、ハーディはすんでの所で口を噤んだ。

 こんな事で母との間に波風を立てるのは無駄だし、何より健一郎との約束を思い出したからだ。

「そんなんじゃないよ。 本当に用事」

「ふ〜ん? ならいいけど」

 ハーディの母は、魔法で作った水球に食器を突っ込んだり引き出したりして、洗い物をしている。

「でも、僕はあの人そんなに変な人じゃないと思うけどな」

「……はぁ〜? あのねハーディ、あんな年にもなってあんな訳の分からないガラクタを作り続ける様な人が、まともなわけないでしょ」

「いや、でも――」

 そんなハーディの訴えを無視して、母は話を続ける。

「大体噂によれば、あの人使らしいじゃない。そんな人見たことないわ。多分生まれてくる世界を間違えたのね。あの人の親もきっと後悔してるでしょ。あんなのを

 瞬間、ハーディの堪忍袋の緒が切れた音がした。

 健一郎がそんなに言われるほど周りから疎まれていることを知らなかったし、あんなに汗まみれになって必死に機械と向き合っている健一郎のひた向きさが、全て否定されたように感じたからだ。

 だけど言い返す言葉が見つからない。

 それはハーディが心のどこかで母と同じことを思っていたからか、本人以外には知る由もない。

 ハーディがどうしようも無いもどかしさを感じていると、彼の周りからパチパチと音がし始め、その音がやがて燃え盛る無数の火花になるのを、ハーディとその母親が確認した。

「え? ……なんだこれ」

「ハーディ! 大丈夫?!」

 既にハーディの姿が確認出来ないほどの光を発している沢山の火花。

 何がなんだか、ハーディ自身にも全く分からない。

 心配になった母親がハーディの方へ駆け寄ろうとすると、急に体がふわっと浮き上がり、信じられない速度で家の外に脱出、上空を縦横無尽に飛び回る。

 もちろん、ハーディにも制御することが出来ない。

「うわぁぁぁぁ?!」

 建物にぶつかりそうになりながらも、更に速度が上がっていく。

 ハーディはこの現象を知っている。『魔力暴走』だ。

 魔法が発現したばかりの子供が、魔法の制御を無意識下で解除、出力制限を失った魔法が出処を探し、手当り次第に魔法を連発してしまう現象だ。

 少なくない話ではあるが、魔力暴走したまま誰にも止められなかった場合、その子供は例外なく魔力切れを起こし、死に至る。

 しかもこの速度と謎の火花、察するにこれまでの事案で最大級の魔力暴走である事を、ハーディは何となくだが分かっていた。

 もう助からない。

 ハーディの母も、ハーディに近付こうとしている所を必死に警察に止められている。

 周りの警察も謎の火花に臆している様で、手をこまねくばかりだ。

 非常な現実を受け止め、あちこちを駆け回る自分の体に身を委ねようとした所、突然飛んできた何かがハーディの体を受け止めた。

 ハーディは驚嘆して目を凝らすと、そこには健一郎の姿があった。

「え、おじさん?!」

「よう、さっきぶりだな糞餓鬼」

「おじさん、魔法が使えないのにどうやってここまで?」

「ふん、下を見てみろよ」

 健一郎が下を指さす。

 その先には健一郎が乗ってきた、小型のプロペラ機があった。

「これは……?」

「『飛行機』ってんだ。 これで、機械でも風魔法を使えるようになったな」

 健一郎はニッと笑う。

 その顔は、まるで小学生が自由研究の内容を発表する時のような、屈託のない笑顔そのものだった。

「そういえば、僕を触ってて大丈夫なの?」

 ハーディの体を取り囲んでいる無数の火花は、確実に健一郎の体にも咲いていた。

「まぁちょっと痛ェが、絶縁体の装備を重ね着してきたから平気だ」

「絶縁体?」

「電気を通さない物質の事だ。」

「電気? 電気って何?」

「ん? あぁ、なんでもない。 それよりも見た感じ、お前の魔法は雷ってとこだな」

「雷? 雷ってあの空から降ってくる怖いやつ?」

「あぁ。 良かったな、雷魔法は人類初だろ?」

「この状況見て良いって言えるのかな……」

 ハーディは思わず苦笑した。

 しかしこれ程までに危険で人を傷付ける魔法を、良いじゃねぇかの一言で済ませられた影響で、幾分か心持ちがマシになった。

 そのお陰か体から離れなかった火花は徐に数を減らし、やがて完全に消え失せた。

「……!! 消えた、消えたよおじさん!」

「うお、分かったから揺らすな!」

「本当にありがとう!」

「……いいんだよ、これはただのだからな」

「お礼? 僕何かしたっけ?」

「気にすんな気にすんな。それより、もう1人で降りられるな?」

「うん、もう大丈夫」

 ハーディは彼の家上空を旋回していたプロペラ機から身一つで飛び出すと、風魔法を駆使しながら怪我なく着地することに成功した。

 ――この1連の出来事は、魔力暴走を起こした子供を奇妙な鳴き声を発する鉄製の翼竜が拐かし、そして鎮静化させたという伝説として、今でもエルムウッドで語り継がれている。



 数年後、健一郎に対する世間からの風当たりは以前強いままだったが、たまに立派な青年に成長したハーディが遊びに来るようになっていた。

 ハーディは人類唯一の雷魔法使いとして学校内でも首席をキープし続けていた。

 それでも定期的に健一郎の作業場に来るのは、やはり成長しても機械をかっこいと思う価値観は変わらなかったということだろう。

「健一郎、そういえばさっき近所の人達が、『あそこの作業場、今度行ってみようかな』って言ってたよ!」

「本当か? じゃあ客室の準備を――」

「僕が、絶対やめとけって言っといた!」

「はぁ?! 何すんだよハーディ!」

 健一郎はハーディを捕まえようとするが、雷魔法をマスターしたハーディの姿など捉えられるわけも無い。

 ハーディは一瞬で作業場の出口に辿り着き、右目を閉じて舌を突き出し、べーーっと言って見せた。

「じゃ、また来るね! 健一郎!」

 健一郎の返事を待たず、ハーディは残像を残しながらどこかへ消えた。

 結局せっかちな所は治らなかったな、と健一郎は独り言を言いながら、ハーディに雷魔法を注入してもらい漸く作動するようになった冷蔵庫からビールを取り出す。

「ふん、糞餓鬼が」

 男は、『魔力を使わずに空が飛べる羽』の制作に取り掛かった。

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