6-2
夜も遅くなり、祖母と曾祖母は仮眠を取った。
祖母は椅子に座ったまま、曾祖母は簡易ベッドでだ。
私はといえば眠れなくて、外をうろうろしていた。
「さみぃな」
「そうだね」
伶龍から声をかけられて、振り返る。
すぐに彼は隣に並んできた。
「コート、着ればいいのに。
支給されてるでしょ?」
彼はいつものスーツ姿で寒そうだ。
一方の私は巫女服の上に有名アウトドアショップ協賛の、特注アウターを羽織っていた。
「いざってときに動きにくいからな、あれ」
「動きにくいって」
伶龍はおかしそうに笑っているが、あれだって刀の戦闘用に特化した、特殊なものなのだ。
見た目こそ黒のトレンチコートだが、動きやすいようにストレッチの効いた素材になっている。
「まあ、翠にくっついてたら寒くないからな」
「えっ、ちょっと!」
ぎゅうぎゅう伶龍がくっついてきて笑ってしまう。
でも、笑い終わると急に、真顔になった。
「……いよいよ、だね」
「そうだな」
人ひとり、野良猫すらいない街はしんと静まりかえっている。
仮設司令所のまわりだけが煌々と明るく、人々が忙しく働いていた。
ふたりでじっと、真っ暗な夜空を見上げる。
雲に覆われているのか、星はひとつも見えない。
まるでこれからの未来を暗示しているかのようで、心の中にまで雲が立ちこめてきた。
「俺が絶対に翠を守る。
だから安心していい」
「……うん」
不意に、もう何度目かの台詞を伶龍が口にする。
それに甘えるように肩をぶつけた。
彼がそう言ってくれるだけで酷く安心でき、雲が晴れていった。
「あ、雪だ」
そのうち、空からちらちらと白いものが舞い落ちてくる。
今年初めての雪が、降り出していた。
「ホワイトクリスマスだね」
「そうだな」
ふたり、顔を見合わせて笑いあう。
「……翠。
俺が絶対に、死なせねぇ」
真剣な顔をした伶龍の手が、そっと私の頬に触れる。
「ありがとう。
でも、伶龍も死なないでね」
「わかってる」
じっと、レンズ越しに伶龍と見つめあった。
ゆっくりと傾きながら彼の顔が近づいてきて、目を閉じた――瞬間。
――うおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーん。
不気味な唸り声がびりびりと空気を震わせた。
「……来たな」
ぱっと伶龍が私から離れる。
その目はすでに、臨戦態勢になっていた。
遙か遠くに、空までに届くほど長い穢れの足が見えてくる。
すぐに祖母たちも飛び起きてきた。
「準備はいいかい、アンタたち」
「おう!」
「はっ!」
伶龍と威宗が刀に手をかけ、腰をためる。
私も勢いよく、羽織っていた防寒具を脱ぎ去り、弓を手に取った。
曾祖母と春光は万が一の時までお留守番だ。
「いくよ!」
祖母の声を合図に、勢いよく駆け出す。
いくらも走らないうちに穢れの本体が見えてきた。
A級も大きかったが、大穢れはさらに大きい。
もっとも、こんなに大きくても蟲は壁をすり抜けるので、建物などに蟲による被害はほとんどない。
「こりゃ、AAA級だね」
隣を走っていた祖母が、にやりと笑う。
穢れ本体の高さは、高層ビルと同じくらいあった。
「でも、やるよ」
「はい!」
私の返事を聞き、祖母が離れていく。
「威宗!」
「はっ!」
呼ばれて駆け寄ってきた威宗は祖母を抱え、軽やかな足取りでビル壁を蹴り、上へ上へと登っていく。
そのうち、ほどよい高さのビルの屋上へ着地した。
「伶龍!」
「おう!」
同じように伶龍に抱えられて私もビルを登り、祖母よりも少し高いビルの屋上に陣取る。
眼下の祖母は穢れに向かって弓をかまえていた。
祖母に危険がないよう、伶龍共々まわりに目を配る。
すぐに限界まで弓を引き絞り、祖母が矢を放った。
勢いよく飛んでいった矢は、穢れ本体の蟲の群れに突き刺さる。
さらにそのまま蟲たちを引き裂きながら、中心へと進んでいった。
矢の通った場所の蟲が散り、すり鉢状の大穴が開く。
「凄い」
祖母の戦いを見たことはある。
高校を卒業してからは毎回、現場に着いていっていた。
しかし、改めてみると祖母の凄さを痛感した。
同じ矢でも私なら一射で、あそこまで蟲を蹴散らせない。
――おおおおぉぉぉぉーん!
その巨体を捩らせるように震わせ、穢れが咆哮を上げる。
かまわずに祖母は続けざまに二射、三射と矢を放った。
「危ない!」
それをやめさせるように、祖母に複数の足が向かってくる。
すぐに伶龍が飛び出した。
足を叩き切ろうとする彼に、さらに別の足が向かってくる。
弓をかまえ、矢を当ててそれの軌道を逸らした。
「サンキュー、翠!」
目の前の足を切り、返す刀で私が弾いた足も切り落とす。
その向こうでは威宗が、同じように祖母を襲う足を切っていた。
激しい戦闘が続く中、祖母はまるで別世界にいるかのごとく冷静に、矢を放ち続けていた。
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