5-5

急ピッチで準備が進んでいく。

大穢れとなれば矢も、通常のものでは通じない。


「ばあちゃん。

大穢れの核をこんな矢で露出させられるの?」


A級ですら、特殊な矢を使っても一苦労だった。

なのにさらに大きな大穢れの核をこんなちんけな……などというとあれだが、こんなもので蟲を蹴散らして露出させられるとは思えない。


「やみくもに打っただけじゃ、難しいだろうね」


「じゃあ……」


どうやって大穢れを祓うのだろう。

しかし、祓えないはずはないのだ。

母が亡くなったあとも何度か、祖母は曾祖母と協力して大穢れを祓っている。


「覚醒した巫女はね、蟲の向こうに核の位置が見えるんだ」


「核の位置が?」


「そうだ」


祖母が頷く。


「だからそこを目指して、矢を打ち込めばいい。

まあ、翠にはまだ、早いけどね。

だからアンタは私らのバックアップにまわりな」


「うん」


私が覚醒すれば、祖母たちがバックアップで私が前面に出られるんだろうか。

しかし、どうやれば覚醒できるのか、私にはわからなかった。




すぐに大穢れ出現予定日が迫ってくる。

明日からはもう、仮設司令所へ詰めなければならない。


「はっ。

……はぁ、はぁ、はぁ」


夜中、悪夢を見て飛び起きた。


「……最悪」


私の口から乾いた笑いが落ちる。

大穢れが出現すると宣託が下ってから毎日、同じ夢を見ている。

母が死ぬ、あの日の夢だ。

さらに死ぬのは母ではなく私に変わっている。


「眠れねぇのか」


私が目覚めたのに気づいたのか、伶龍との部屋を隔てるふすまが開いた。


「あー、うん。

ごめん、起こしちゃった?」


なんとなく、笑って誤魔化す。


「バーカ。

別に強がる必要なんてねぇ」


入ってきた伶龍は、私の隣にどさりと腰を下ろした。


「こえぇんだろ」


「あー……」


気持ちを見透かされ、それでも素直に肯定できない。

認めてしまったら、大穢れに負けそうな気がしていた。


「いいんだ、別に怖がったって。

母親を殺した相手だ、怖いに決まってる」


「……ありがとう、伶龍」


甘えるようにこつんと、彼に肩を預ける。


「お、俺は別に」


照れくさそうに伶龍は、頬を指先でぽりぽりと掻いた。


「……母を殺したのは私なの」


「はあっ?

穢れだろ?」


大きく伶龍が目を見張る。

それにううんと首を振った。


「私がお母さんを助けるんだって、こっそり現場に着いていったの。

それで初めて実際に穢れを目の当たりにして、動けなくなって。

お母さんはそんな私を庇って死んだ」


伶龍は黙ったままなにも言わない。


「私、穢れの怖さなんてなにもわかってなかった。

私がお母さんを殺したも同然だよ。

なのにばあちゃんも大ばあちゃんも、私が無事でよかったって責めないで。

ずっと、ずっと苦しかった」


お前のせいで母親は死んだのだと、責められたほうがいっそ気が楽だった。

でもみんな、私が無事でよかったとそればかりで、誰も私を断罪しなかった。

おかげで私は私の罪を償えず、それはしこりとなって私を責め続けている。


「……つらかったな」


そっと伶龍が私を抱き締める。


「翠はずっと、誰かに罰してほしかったのか」


彼の腕の中で、こくんとひとつ頷いた。


「翠は母親を殺した悪いヤツだ。

そんなヤツは穢れ退治にその身を捧げ、死ぬまで穢れを祓うしかない。

この先一生、その役目にこの身を捧げよ。

俺も付き合ってやる」


きゅっと私を抱き締める彼の腕に力が入った。

温かい彼の体温に、ずっとなくならなかったしこりが溶けていく。


「伶龍は付き合ってくれるんだ?」


「ああ。

俺はオマエの刀だからな」


小さく笑った彼の手が、私の目尻を拭う。


「翠の命が尽きるそのときまで、俺が翠を守ってやる。

だから大穢れだろうとなんだろうと、安心していい」


じっと私を見つめる、艶やかに光る瞳に揺るぎはない。

その目を見ていると温かいものが私の胸を満たしていった。


「ありがとう、伶龍」


こんなに私を思ってくれる刀がパートナーで、私は幸せ者だ。

伶龍を選んでよかったと、心の底から思う。


「……伶龍」


じっと、彼を見つめた。

伶龍の手が、そっと私の頬を撫でる。

そのまま――。

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