5-3

その日の相手は、私たちが負けたA級だった。


小学校の校庭に設置された仮設テントで、弓を抱いて座り、堅くなる。


「……怖いか」


隣に座る伶龍から声をかけられ、顔を見上げていた。


「こわ……」


怖いと言いかけて、止まる。

今、それは言ってはいけない気がした。

しかし怖くないと嘘もつけない。


「大丈夫だ、あの頃の俺たちとは違う」


ぎゅっと伶龍の手が、私の手を握る。

それで身体の震えが止まった。


「……うん」


「それになにがあっても、俺が翠を守る。

だから、安心していい」


証明するかのように、伶龍の手にぎゅっと力が入る。


「うん、任せた」


それは彼に任せておけばきっと大丈夫だと、私に思わせた。


――うおおおおぉぉぉぉぉん。


そのうち遠く、穢れの唸り声が聞こえてくる。


「行くか」


「うん」


伶龍が立ち上がり、私も弓を持ってその隣に立つ。


「勝って帰るぞ」


「うん!」


私の返事を合図に、伶龍が走り出す。

私もすぐにそのあとを追った。

いくらも走らず、

そびえるように大きな穢れの本体が見えてくる。


「翠!」


「わかった!」


穢れと肉薄する、伶龍が指さすビルの外階段を駆け上がる。

穢れを目の前にすると恐怖が甦り、身体が竦んだ。


「翠!

この俺様が守ってやってるんだ!」


私の横の手すりに、伶龍が立つ。


「外したら承知しねーぞ」


右頬を歪め、彼はにやりと笑った。


「うっさい。

ちゃんとやれるって!」


弓に矢をつがえ、かまえる。

あんなに凍りついていた身体が、動く。

伶龍のおかげだ。


放った矢は穢れ本体に命中した。

いや、あれだけ大きいのだから、外すほうが難しい。

肝心なのは次からだ。

正確に、同じところに打ち込まなければ意味がない。

再び矢をつがえ、かまえる。


「つ、ぎ……」


伶龍は私に危険がないか、当たりに目を配っている。

だったら私は矢を射ることだけに集中すればいい。


「よしっ!」


二射目が一射目と同じ場所に当たり、ばーっと蟲が散っていく。

しかしまだ、核は見えない。

本体が大きいとそれだけ、蟲の層が厚いので仕方ない。


めげずに次の矢を射る。

それでようやく、核が僅かに見えた。


「あとすこ、し……っ!」


四本目の矢をつがえる。

けれど穢れもただでやられる気はないらしく、大きな呻き声が上がった。

間近にある、穢れの足が持ち上がる。

それでもかまわずに弓をかまえた。

足が私に向かって振り下ろされると同時に、矢を放つ。

迫り来る足をじっと見据えた。


「させるか!」


ガキンと重い音がし、足は私に触れるよりも先に伶龍によって切り落とされた。


――おおおぉぉぉぉん!

痛覚はないはずなのに、穢れからひときわ大きな雄叫びが上がる。


「伶龍!」


「おうっ!」


私の声と同時に、伶龍が穢れに向かって駆け出す。

それを確認し、御符をセットした矢をつがえた。

目の前にはらんらんと赤く輝く核が見えている。

再び、穢れの足が持ち上がった。


「任せろ!」


軌道を変え、伶龍がその足へと向かっていく。

かまわずに私は、核へと矢を打った。

緩やかな弧を描きながら飛んでいった矢は核へ突き刺さり、御符が貼り付く。

それと同時に穢れから悲痛な声が上がる。


「伶龍、今!」


「了解!」


叩き切った足の関節を足場にし、伶龍は大きく跳躍した。

そのまま穢れ本体に飛び乗り、核へと刀を突き立てる。


「もらったーっ!」


刀が刺さり、ピシリとひび割れる音がした。

そのすぐあと、さらさらと砂になって核が崩壊する。


「勝てた……」


消えていく穢れの姿を、まるで夢でも見ているかのように眺めていた。


ビルの合間を軽やかに駆け、私の目の前の手すりに伶龍が着地する。


「おう、勝てたな」


にやっと意地悪く、彼が笑う。


「うん。

勝てたね」


それに私も、笑って返した。

一度は負けたA級だが、今度は勝てた。

勝てたんだ。


「ありがとう、伶龍」


「別に礼を言われるようなことなんかしてねーだろ」


伶龍と一緒に階段を下りる。

仮設司令所に戻る私たちとは反対に、作業員たちが処理へと向かう。

汚染液はばら撒かれていないので、防護服は着ていない。


「ううん。

だって伶龍がいるから、安心して戦えたもの」


伶龍がいるから大丈夫だって思えた。

伶龍がいるから私は死なない。

全部彼に任せて、私は核を露出させることだけに集中すればいい。

そう思えたのはあれから築き上げた、信頼関係があるからだ。


「でも、また足を避けねーから、死ぬ気なのかと思ったぞ」


人の悪い顔で笑う伶龍はきっと、私の答えを知っている。


「伶龍が絶対に私を守ってくれるから、大丈夫だって思ったんだよ」


「ぬかせ」


「あいたっ!」


私の背中を思いっきり叩いた伶龍の顔は赤い。

そんな彼を見て笑っていた。

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