第五章 最高のパートナー
5-1
「伶龍!」
「おうっ!」
私が声をかけると同時に伶龍が駆け出す。
それを視界に収め、御符を刺した矢をつがえて弓をかまえる。
「こ……れ……で……っ!」
弓から離れた矢は、空気を引き裂きながら勢いよく穢れの核へと向かって飛んでいく。
命中したそれは、核に御符を貼り付けた。
「終わりだーっ!」
そのタイミングで穢れに辿り着いた伶龍が、核へ向かって刀を振り下ろす。
ピシリとヒビの入る音がし、そのまま核は崩壊した。
それとともに蠢いていた蟲たちも消えていく。
「今日も勝ったな!」
「やったね!」
伶龍と落ちあい、ハイタッチする。
このところの私たちはデビューしたての頃が嘘のように、連戦連勝だった。
「お疲れ様でございました」
「あっ、お疲れ様でーす」
仮設テントに戻ってきた私たちに柴倉さんが声をかけてくれる。
「今日も見事な戦いぶりでしたね」
「えっ、あっ、はははははーっ。
ありがとう、ございます」
あんなにお叱りを受けていたのに、褒められるとなんだかくすぐったくて居心地が悪い。
「最初からこうだとよかったんですけどね……」
はぁーっと彼が、陰鬱なため息をつく。
どうも愚痴らずにいられないのが柴倉さんなのらしい。
除染の必要はないので、すでに撤退の準備が始まっていた。
私も着替えなどせず、伶龍とともに帰りの車に乗る。
「柴倉さん、なんだって?」
「あー、いつもどおりだよ」
苦笑いで先に乗っていた伶龍の隣に収まり、シートベルトを締めた。
「あのおっさんは愚痴が仕事みたいなもんだからな」
伶龍はおかしそうに笑っている。
「そうだね」
私もそれには大いに同意だった。
流れる窓の外、街路樹は赤や黄色に染まっている。
街ではそこかしこに、ハロウィンの装いがなされていた。
「なー、ハロウィンってカボチャの穢れが出るんだろ?」
「……は?」
つい、まじまじと伶龍の顔を見ていた。
てか、その知識はどこから得た?
「C級でもデカいから、食べがいあるよなー。
なに作ってもらおうか。
煮物だろ、パイだろ、あとは……ああ。
でもそんなにカボチャばっかりだと、飽きるよな」
冗談だと思いたいが、伶龍はいたって本気だ。
これはどこから訂正したらいい?
でも、なんだか楽しみにしているみたいだし、夢を壊すのも悪い気がする。
「えーっと。
伶龍?」
「なんだ?」
私の顔を見た伶龍は、想像しているのかわくわくしていた。
「それって、誰から聞いたの?」
しかし挫けずに、情報収集を試みる。
「誰って……まんがで読んだが?」
「ああ、そう……」
私たち巫女を題材にしたまんがもそれなりにある。
きっと伶龍が読んだのはそんな中のひとつだろう。
「その、ね。
伶龍。
ハロウィンにカボチャの穢れは出現したりしないよ?」
おそるおそる、伶龍に真実を教える。
途端に伶龍の目はそのレンズの高さに迫らんばかりに見開かれ、三白眼が四白眼になった。
「嘘だろ?」
そうだと言ってくれといわんばかりに、彼が私の肩を掴んでぐらんぐらんと揺らす。
「ごめん、伶龍。
嘘じゃないよ」
「じゃあ、あれはなんなんだ!」
キレ気味に彼が指さした先にはハロウィンでは定番の、カボチャのランタンが飾られていた。
「あれが襲ってくるから、ああやって飾って仲間のフリをするんだろ!」
「ええっと……」
待て待て。
情報が錯綜し始めたぞ。
カボチャのランタンは確か、魔除けの意味だったはず。
いや、仲間のフリをして襲われないようにするのなら、当たらずとも遠からずなのか?
「あのね、伶龍。
あれは外国の……外国の……そう!
あれは外国の穢れなの!」
悪霊がモデルだから、嘘は言っていないと……思う。
「外国にも穢れが出るのか!?」
なぜかがしっと、伶龍から両手を握られた。
しかも眼鏡の向こうからは期待込めたキラキラとした目が私を見ている。
「じゃあ、海外遠征できるな!」
「うっ」
あまりにも圧が凄くて、つい目を逸らしていた。
「か、海外にはまた、その国の巫女がいるから、私たちの出る幕はないよ……」
だらだらと変な汗を掻きながら、嘘にさらに嘘を重ねる。
「そうか……」
よほど残念なのかみるみる伶龍が萎れていき、気の毒になった。
「で、でもね。
海外の穢れを祓うお祭りを真似て、日本でもああやってお祝いするの。
だから、さ。
当日はカボチャのパイ作ってもらって、お祝いしよう?」
仮装して街に出るなんてできないが、これくらいはやってもいいと思う。
「……わかった」
それでもまだ、伶龍は落ち込んだままだ。
もしかしてハロウィンの真実よりも、海外に行けないのがショックだったのかもしれない。
「伶龍」
「なんだ?」
彼は窓に肘をつき、ふて腐れ気味に流れていく景色を見ている。
「今すぐは無理だけど。
私に子供が生まれて、その子が巫女になって。
全部任せられるようになったら一緒に、海外旅行へ行こうよ」
きっとその頃なら、許可だって出るはず。
曾祖母だって外交の一環だったが、祖母が巫女になってから何度か海外へ行っている。
「そうだな、楽しみだ」
伶龍のこちら側の手が伸びてきて、手探りで私の手を握る。
私もそれを握り返した。
最低でも二十年ほど先の話だけれど、私もそのときが酷く楽しみだった。
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