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「いったいいつになったら、満足に祓えるんですか」


「……すみません」


生きていれば私の母ほどの年の男性に叱責され、身を小さく縮み込ませる。

町はあれが破裂してまき散らした液体で、建物も道路も赤く染まっていた。

防護服を着た人々が浄水を撒いてそれを除染している。


「除染費用がいくらかかるかわかってるんですか」


「……すみません」


同じ言葉を繰り返し、ますます身を小さくした。

あれの核を切れるのは伶龍の刀だけ。

なので彼がとどめを刺したのは問題ないが、やり方が問題なのだ。

核は崩壊する際、破裂して辺りを穢れで汚染する。

そうしないために私が矢で御符を貼り、伶龍がとどめを刺すのが正しいやり方だ。

けれど彼は待てができない。

躾のなっていない犬のごとく、核が姿を現すと一目散に向かっていく。

おかげで毎回、この有様だった。


「いい加減にしてくださいよ、まったく」


彼――柴倉しばくらさんの口から疲労の濃いため息が落ちていく。

そうさせているのは自分なだけに、大変申し訳ない。

今日は着替えすらさせてもらえずこれなので、柴倉さんはかなりご立腹なようだ。

わかるけどね、私も彼の立場だったら怒鳴りそうだ。


「刀の制御は巫女であるあなたの役割ですよね」


「……はい。

すみません」


頭を垂れてひたすら無心に謝罪を繰り返した。

私だって好きであんなヤツとパートナーを組んでいるわけではない。

できることなら今すぐ別の刀と交換したいくらいだ。

しかし、パートナーチェンジは刀が折れたときしかできないと言われたら、諦めるしかない。


「本当に頼みますよ」


「……はい。

すみませんでした」


もう一度ため息をつき、彼はようやく私を解放してくれた。


「……いい加減にしてほしいのは私のほうだよ」


ひとりになり、辺りを真っ黒に染めそうなため息をついた。

伶龍は私の言うことをまったく聞いてくれない。

元は刀だし人間としての常識がないのかと思ったが、母の初戦はそれは見事なものだったと、最近ずっと私と比較して祖母から耳が痛くなるほど聞かされている。

だったら、個人……刀だから個刀?の問題なんだろうか。


「……ハズレ引いちゃったな……」


またため息をつき、腰を浮かせかけたところで伶龍が顔を出した。

頬にはテープが貼られており、赤い線が滲んでいた。

やはり矢が掠っていたようで、さすがに悪い気持ちになる。


「やーい、怒られてやんの」


ニヤニヤ笑い、私をからかう彼を力一杯睨みつける。

私はまだ汚れた姿だというのに彼のほうはお風呂に入らせてもらったのか、さっぱりとしていた。

私は巫女といえどただの人間で、あちらは刀で神様なので扱いが違うのだ。


「……誰のせいだと思ってるのよ」


「あ?」


聞こえないようにぼそりと落とした言葉は彼の耳に届いたらしい。

みるみる機嫌が悪くなっていく。


「倒せたんだからいいだろーが」


腰に手を当てて身体を屈め、眉間に力を入れて上目遣いで私をのぞき込んでくる様は、黒スーツと相まってどこぞの組の若い構成員のようだ。


「よくない!

何度私の指示に従ってって言ったらわかるの!?」


しかし負けじと彼を睨み返す。


「オマエの指示とか待ってたら、祓えねーだろーが」


じろりと彼が私を睨めつける。


「うっ」


それは若干、自覚があった。

私が伶龍の動きについていけていないから、彼の足手まといになっている。

わかっている、けれど。


「伶龍だって独断専行がすぎるんだよ!

連携していれば、もっと上手くできるはずだし!」


あれの動きは速くない。

あそこまで焦る必要はないはずだ。

それに伶龍が私の指示に従って避けていてくれればもっと速く蟲を蹴散らして核を露出させられた。


「れんけいぃ?」


伶龍の声が不満そうに上がっていく。


「俺に矢を当てたヤツが言う台詞かよ」


見せつけるように彼は頬の傷を私の目もとに寄せ、凄んできた。


「そ、それは申し訳なく、思ってオリマス……」


矢を当てた本人としては気まずく、言葉はしどろもどろになって消えていく。

しかしあれは、本当に私が悪いのだろうか。


「でもさ!」


一度は下がった頭だが、勢いよく上げてレンズ越しに彼と目をあわせる。


「伶龍だって避けてて言ってるのに、全然おかまいなしだしさ。

伶龍が邪魔で、なかなか矢が射れないんですけど!」


「うっせーな」


私が文句を言ったところで伶龍は、高圧的に私を見下ろしてきた。


「だいたいオメーは俺がアイツを倒すための補佐だろーがよ。

なら、俺が戦いやすいようにするのが役目じゃねぇのか、ああっ?」


腕を組んで仁王立ちの彼は尊大で、本当に偉そうだ。

その姿に私の忍耐がぶち切れた。


「あんたみたいな自分勝手な刀、補佐するこっちの身にもなってよね!

突っ込んでいくしか能がない、無能のくせに!」


「なんだと!」


胸もとの襟を掴み、伶龍が私を立たせる。

おかげで軽く、足が宙に浮いた。


「誰があれを倒してやってると……」


「いい加減にしてもらえないですかね」


私たちが言い争っているところへ、戻ってきていた柴倉さんが声をかけてきた。


「どっちが無能って、私にいわせればあなたたちふたりとも無能ですよ。

ここは忙しいんですから、さっさと着替えて始末書を書いてください」


「うっ」


柴倉さんが冷たく言い放つ。

それはもっともすぎて返す言葉がなく、その場をあとにした。


控えのブースでシャワーを浴びる。


「ううっ、冷た……」


浴びた液体は普通に洗っても落ちないので、浄水を浴びる。

ほぼ禊ぎなので水のままだ。

あの液体は触れると障りがある。

病気はいいほう、最悪死に至る。

私は伶龍と契約したときに彼の加護がつき、浴びても平気な身体になっていた。

柴倉さんをはじめ現場指揮をしている上のほうの役人は定期的に祈祷を受けているので、少しくらい大丈夫だったりする。

とはいえ一般人は完全アウトなので、あれが出たときは避難命令が出る。


そう。

今、この地域の人間は避難しているのだ。

私たちが手順どおりに上手くあれを倒せていれば後始末もあっという間に終わり、人々はすぐに帰宅できる。

しかし今回のように倒せはしたがやり方を失敗すると除染が必要になり、場合によっては何日も避難所暮らしになってしまう。


「……ううっ。

また荒れるな……」


マスメディアは私を、史上最低の巫女と評していた。

この有様では言われるとおりなので、まったく反論できない。


「なんでこんな家に生まれちゃったんだろう……」


私の家、神祇じんぎ家は役職として定まった平安時代よりも以前から、この国に降りかかる〝穢れ〟を祓う仕事をしている。

穢れとは人々の負の感情が集まり、形になったものだ。

放っておくとわざわいをまき散らし、大災害が起きたり、疫病が流行ったりする。

その役目を負った家の現巫女が私というわけだが、このようにまっっっっっっっったく、上手くいっていない。


「……さむっ」


身体どころか心も寒い。

それはそうだよね、帰ったら現在の家長で上司になる、祖母からのさらなるお叱りが待っているんだもの。

家に帰る前に温かいミルクティを飲むくらいの時間がありますように……。


などという願い虚しく、お清めが終わって簡易シャワー室を出たところで、速攻で役人に祖母の元へと連行された。

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