おトイレ出来るかな?

有本カズヒロ

上手に出来るかな?君は出来るかな!?

 小学五年生・打噴駿蔵だっぷんするぞうには三分以内にやらなければならないことがあった。

 それはもちろん脱糞である。トイレに座り、ズボンを脱ぎ、モロにちんこを出しての脱糞である。


 しかし今、駿蔵の前には弟と妹が立ち塞がっていた。

 もちろん、この場で駿蔵に脱糞させるためである。弟と妹は、駿蔵に恥をかかせることと下ネタが大好きなのである。だからこのような凶行に及んだ。


「「ゲヘへ、ここでお前はうんこを漏らすんでゲスよォ~ッ!!」」


 弟と妹の言葉に、駿蔵は焦る。焦って汗も出る。尻にも汗が出て一瞬漏らしたのかと勘違いする。


 駿蔵は何としてでも弟と妹を撃退し、トイレに駆けこまなければならなかった。しかしどうやって? 得意の柔道を使えば切り抜けられないこともないだろう。だが、背負い投げでもしたら肛門は間違いなく決壊する。運動は腹痛の大敵なのだ。


 どう切り抜ける、どう撃退する、どう倒す。もはや弟と妹は駿蔵にとって『邪な敵』にしか見えていなかった。しかし駿蔵には、やはり切り抜ける手段がなかった。 

 もはやこれまで。駿蔵の頭に、そんな言葉が浮かぶ。それと共に、昔の記憶がどんどん逆流してくる……走馬灯もうんこと一緒に漏れるつもりなのだろうか。


『なぁ、駿蔵』


 しかし、諦めて意識を手放そうとした時。ふいに、亡くなった祖父の記憶が蘇ってきた。


『お前も男だ。うんこを漏らしそうになる時もあるだろう……そういう時、決まって行く手を塞ぐ者達が現れる。そんな時の必殺技を教えてやる』


 走馬灯から思わぬ掘り出し物が出てきた。駿蔵は鼻水を垂らしながらニヤリと笑う。それを見て気圧された弟と妹は、何故か駿蔵のパンツを脱がそうと飛び掛かってきた。能動的に、駿蔵にうんこを漏らさせようとしてきたのである。

 しかし。


『うんこを間に合わせるための必殺技、それは……』

内股的戦術ウチマタクティクス!!」


 飛び掛かってきた弟と妹を、駿蔵は内股で避ける。その動きは、まるでジョロウグモのようだった。そのまま駿蔵はトイレに向かおうとする。


「「野郎、逃がすかよッ!!」」


 弟と妹は駿蔵を走って追いかけようとする……が、次の瞬間。


内股的旋風ウチマタイフーン!!」


 駿蔵は内股で高速回転しながら、弟と妹を跳ね飛ばした。


「「ぐへあっ!!」」


 壁に叩きつけられた弟と妹は、そのまま気を失ってしまった。

 これで勝てる、駿蔵の顔に一筋の光明が差し込んだ。

 しかし、トイレへ向けて走り出した次の瞬間。


「オイテケ……ウンコオイテケェ~~~~ァッ!!」


 姉がリビングから四つん這いになって現れた。駿蔵は絶望する。

 何しろこの姉、弟や妹よりも厄介な人物なのだ。最近、姉がハマっているのは『食糞ダイエット』。ネットでたまたま流れてきたのを見て「これだ!」と思ったらしい。それ故、姉は今猛烈にうんこを求めているのだ。


 「そんなの、自分のうんこを食べればいいだけの話じゃねーかよ!」と思われるかもしれない。だが姉は、既に自分のうんこは食い尽くしてしまったのだ。だから今、駿蔵のうんこを求めている。

 もはや姉は、うんこを求め続ける『うんこモンスター』になってしまったのだ。


「ウンコオイテケ~~~~ッ!! ジカノミダッ!!」


 姉は目にもとまらぬスピードで駿蔵を捕まえると、その場で押し倒してしまう。

 このままでは、姉に食べられてしまう。うんこを。


「グヘッ!! グヘェアッ!!」


 内股的行動も押し倒されたら使えない。もう、駿蔵にはなすすべがなかった。

 諦めて目を閉じる。駿蔵の頬に、一筋の涙が流れた。


 ぐぎゅるるるるるるるるっ!!


 突然、駿蔵の腹の中から轟音が響いた。それは腹痛を覚えた時に鳴る、あの轟音。だがしかし、駿蔵が今感じているのは『うんこが出ようとする動き』ではなかった。

 瞬く間に駿蔵は姉の顎にパンチを食らわせ、自分の体が引きはがす。そして、ゆっくりと立ち上がった。


「ふぅ……」

「ナ、何故ダッ!! 何故漏レソウナノニ、ソンナ動キガ出来ル!?」


 殴られてショックを受けたのか、ほんの少しだけ姉の言葉に知性が宿った。

 そんな姉に、駿蔵は微笑しつつ答える。


腸内収縮運動・一時的大便体内回帰なんか知らんが急にうんちが大人しくなった

「ナ、何ィ~~~~~~~~ッ!?」


 腹痛が収まった駿蔵に、恐れるべきものなど何もなかった。流れるような動きで姉を背負い投げし、一本取る。

 そしてそのまま、悠然とトイレに向かって歩き出した。

 勝った、駿蔵は戦いに勝ったのだ。


 しかし、余裕を持ってトイレに辿り着き、ドアノブを捻ろうとした時、駿蔵は違和感を覚えた。

 ドアノブが、回らない。

 ガチャガチャと何回回そうとしても、ドアノブが回らないのだ。


 駿蔵は焦る。そして焦ったことで、再び腹痛が起こった。今度の腹痛は、まさしく「うんこを出すための腹痛」だった。

 狂ったようにノブをガチャガチャとやる駿蔵に向けて、トイレの中から声が聞こえた。


「あ~すまん、今父さんが入ってるぞ~」


 瞬間、漏れた。



 漏れてしまった。




 漏らして、しまった。




 奇妙な安堵感と共に、駿蔵はその場にへたり込む。どうやらうんこは下痢に近かったらしく、茶色い濁流となってトイレの前に流れ出した。

 今日は休日、仕事のない父は家にいた。

 終わった。駿蔵の戦いは、完全敗北に終わったのだ。


「こッんなベタなオチッなのかよォッ!!」


 駿蔵の大声によってやってきた母親は「アンタもう高学年でしょ!! なんで漏らすのよ!!」と呆れつつも怒り、いつの間にか回復していた姉は、駿蔵が漏らしたうんこをペロペロと舐めて喜んでいる。


 駿蔵にとって、最悪の休日だった。

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