19.本の妖精さん

 部屋の入口に立つ男子生徒の黒髪は少し長めに揃えられ、その口元は横に結ばれている。


 そして何より、その顔には目元から鼻先までを覆う仮面がつけられていた。仮面には繊細かつ上品な装飾が施され、綺麗で高そうに感じる。


 ミステリアスな本の妖精とは、この仮面と本好きのことかと合点がいき、なるほどと1人納得する。


 腕を組み、ため息をつきながらこちらを眺めるその男子生徒は、顔の下半分だけでも十分わかるほどに機嫌はよくなさそうだった。


 仮面越しに見える髪と同色の黒い瞳は、じっと部屋の前で騒いでいる者たちが何者であるかを伺っているようであった。


「あ……っ」


「ヴァーレン卿、騒ぎ立てて申し訳ない。僕は同級のルド・ヴァレンタインだ。今日は折り入って相談があり、少し話ができないかと伺った次第だ」


 言葉を挟むより前にルド様はさっと腕で私を制し、簡潔に説明する。


「……わざわざ堅苦しく自己紹介せずとも、前年に同クラスであったし、この学園でヴァレンタイン卿を知らない者はいないだろう」


「ヴァーレン卿にそう言って頂けるとは僕も偉くなったもんだね」


 ふふふと笑うルド様をしり目に、ヴァーレン家のご子息改め、本の妖精さんはチラリと私とガロウさんを目線で順番に確認するのがわかった。


「……で、そちらの令嬢と、腕の立ちそうな御仁はヴァレンタイン卿のお知り合いか?」


「こちらは――……」


「ご紹介が遅れまして失礼いたしました。ハンナ・ルーウェンと申します。こちらは諸事情により私に付き添って頂いておりますガロウ様です。先ほどはお部屋の前で騒がしくしてしまい申し訳ございませんでした」


 話の流れからルド様が私をチラリと見やり、私は貴族式のお辞儀をして深々と頭を垂れた。背後でガロウさんも私の紹介に合わせて敬礼をしている気配を感じる。


「……ライト・ルーウェン卿の妹君でよろしかったか……?」


 会話が聞こえていたのか、本の妖精さんの問いにぎくりとする。ライト兄様との関係性は現状わからないが、2人は同級生の上に顔見知りであることは確かのようだった。


「……はい、ライト・ルーウェンは私の兄でございます……」


 少し考えたものの、まさかウソをつくわけにもいかず、しぶしぶ関係性を認めるしかない。


「――……」


 質問に答えた私に対し、本の妖精さんはしばし黙ったままに私を眺め、何事かを思案しているようだった。


「あの……」


「……で、ヴァレンタイン卿、相談とは何だったか」


 居心地の悪さに口を開こうとした直後、本の妖精さんはルド様に視線を移す。


 口を挟むタイミングを見失い、ひとまず私は事の成り行きを見守るしかなかった。


「突然に押し掛けて申し訳ないね。少し込み入った話しで、できれば内密に解決したいんだ。ヴァーレン卿が不都合でなければ室内で話ができると助かるのだけれど、可能かな」


「構わないよ、入るといい。妹君も一緒でよろしかったか」


「できればお願いできるかな」


 確認するように私とガロウさんに視線を送った本の妖精さんは、ルド様の回答に小さくうなづいて室内への入り口を譲るように横へずれた。


「失礼致します」


 本の妖精さんは私たちを自室へと招き入れると、部屋のプレートが使用中であることを確認して静かに扉を閉めた。


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