18.王子様の囲い込み漁
私の突然の兄宣言に戸惑うルド様とガロウさん以上に、私はパニックに陥っていた。
室内を覗いた際、2人の姿があるのは確認できた。黒髪短髪でこちらに背を向けた男子生徒と、その男子生徒と向かい合う形でこちらに顔が向いていた男子生徒は、ライト兄様だった。
嘘をついてサラサにガロウさんまで巻き込んで、他学校に忍び込み、あまつさえ婚約破棄をするために婚約者とウロウロしているとはとても言えない。
更に言えばライト兄様にこの事態がバレれば、絶対に両親に黙っていてはくれない性格をしている。
つまり、バレたら終わる。
「あ…っ! どうし…っ! ひとまず一度出直し……っ」
「何してんだ? ヴァレンタイン?」
「ひっ」
背後から聞こえた聞き慣れた声に、びくりと肩が跳ね上がる。とてもではないが後ろを振り返ることなどできず、ただ壁際へそろそろと寄って最大限に小さくなる他なかった。
「あぁ、ルーウェン、君もいたのか。すまないね、取り込み中だったのを邪魔したかな」
「いや、そろそろ帰るとこだっただけだよ」
ライト兄様はそう言って、少し間が空いた。変な空気が流れているように感じる。
「……さすがヴァレンタイン。他校の彼女がいるのか?」
「……っ」
ライト兄様がこちらを伺っている気配を感じる。恐らく今はルド様の影になっているとは言え、淑女学校の制服やパッと見の容姿でバレるのは時間の問題と言えた。
ガロウさんの装いなどは護衛然としていることもあり、変に間に入ってもらうこともおかしくなるのは目に見えている。
「……っ」
姿が消えてしまえばいいのに、と強く目を瞑った瞬間、バサっと何かが私の頭にかけられた。温かくて、いい匂いに包まれる。
「すまないね、ルーウェン。僕の大切な小鳥ちゃんがあまりにも可愛くて、今さっき少し困らせてしまってね……」
ルド様の意味深な謎発言に、ん? と思わず小さく声を漏らす私。
「ん? あ、あぁ……?」
ルド様の意味深な発言に、私と同様ライト兄様の声音に戸惑いが生じるのを感じた。
「悪いのだけど、今の小鳥ちゃんは僕だけの小鳥ちゃんにしたいんだ。また今度、落ち着いた時に改めて紹介させてもらうよ」
「お、おぅ、わかったよ。俺こそ不躾に邪魔してごめんな」
ルド様がさらりと、けれど毅然と意味深な内容で踏み込ませないように答えたせいか、ライト兄様が人一倍空気を読むのが上手いせいか、はたまた両方か。
背後の攻防はすんなりと終わり、ライト兄様がさらりと挨拶をして去って行く気配がした。
同級生では突っ込みづらいデリケートな問題とは言え、あんな意味深な牽制を平然と言ってのけるルド様と、その発言内容が許されるルド様に軽く畏怖すら覚える。
頭から被せられた布と、ガロウさんの隙間からライト兄様をそろりを伺うと、特にこちらを気にする風もなく去っていく背中が見えた。
「ル、ルド様、ありがとうございました……」
被せられたものがルド様の制服の上着だと気づき、あわあわと簡単に畳もうとするも、色々な意味で手が震えて上手く畳めない。
そんな私の手から上着を受け取ると、白いシャツ姿のルド様はさらりとその制服を再び羽織った。
「ルーウェンとは今同じクラスでね、まさか小鳥ちゃんが彼の妹とは思わなかったよ」
うまく誤魔化せたかな。と軽く笑うルド様に、思わず顔が熱くなる。
私は、思わずルド様から視線を逸らす。いけない。これは非常にいけない。絵に描いたような王子様の、囲い込み漁の真価を垣間見ている気がする。
正直に言えば、ルド様の有り余る気になる言動はあるが、それを除いてもあえてルド様に対して斜に構えていた自分を自覚はしていた。
王子様のような外見で、柔らかい物腰で、優しくて、でも、誰にでも優しい。会ってから2日目とはまるで思えないくらい、中毒みたいな人だと実感する。
一度自身の境界線を許してしまえば最後。ルド様に群がる女生徒たちのように、後戻りができなくなる自分しか想像ができなかった。
「……誤魔化して頂き本当にありがとうございます。家族の耳に入れる訳にはいかなかったので、大変助かりました」
「僕が小鳥ちゃんに無理を頼んだせいだね。僕の事情で振り回してごめんね」
ぺこりと頭を深々と下げる私に、少し申し訳なさそうに、困ったような顔をして頭を撫でてくるルド様に更に焦る。
「いえ、ルド様は何も……っ!」
「先ほどから騒がしいが、ここは図書室だ。もめ事ならば余所でやってくれ」
ぴしゃりと響いた固い声に、私の二の句は途切れる。
その場にいた全員の視線が、一斉に開いた扉の前に現れた男子生徒に集まった。
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