とんでもない美少女である義妹(いもうと)は俺の事が好き過ぎて結婚する気でいるが、俺は義妹を嫁にする気なんて全くない。

王白アヤセ

義妹を嫁にする気はない編

第1話 俺の妹は変わっている。

 とある閑静な住宅街。


 小さな庭とガレージ付きの二階建ての一軒家には、御藤みとうと書かれた表札が掲げられている。


 その家の長男である俺こと御藤みとう将輝しょうきは、春休みだと言うのに昼間から二階の自室にて勉強に明け暮れていた。


 六畳の洋間には机とベッド、後はクローゼットと本棚があるだけの簡素なレイアウト。男子高校生の部屋としては若干の物寂しさを感じるが、趣味と言えば野球観戦ぐらいだから、これだけあれば十分である。


「う~、首や背中が痛い、ちょっと疲れたな」


 俺は握っていたペンを置いて、机の上にあるデジタル時計へと目を向ける。


 四角い液晶パネルには、黒い字で午後三時と表示されていた。


「もうそんな時間か、そろそろ休憩でもするかな」


 そう呟いた、その時……


 ──コン、コココン。


 と、部屋のドアが軽快なリズムでノックされた。


「ん?」


 俺はノックした人物に返事を返そうとした……のだが、それを待たずして、ドアはガチャリと開け放たれる。


「ねぇ、おにぃ。なんかいる?」


 抑揚の無い声で、唐突に投げかけられた質問。


 少々ノックの意味を勘違いしている人物に対応する為に、俺は座っていた椅子をくるりと回転させて、体ごと部屋の入口の方へと向ける。


 視線の先。そこには、黒髪ミディアムのややダウナー系美少女が、上下黒のスウェット姿で佇んでいた。


 彼女は御藤みとう撫子なでしこ。俺の一つ下の妹だ。


 身長は158センチ、クッキリとした二重と少々気だるそうな目が、見る者に可愛いながらもクールな印象を与える。


 長いまつ毛と気持ち太めに整えられた眉毛、それに形の良い小鼻や艶やかな唇。それらのパーツ全てが、小さな顔の中に白銀比で綺麗に収まっている。


 昔から、お人形みたいに可愛いと言われてきた妹だが、今ではどちらかと言うと脱力的な雰囲気からクールで美人と言われることも少なくない。


 少女から大人へ……とでも言ったところだろうか。


 そんな、心も体も成長途中の撫子なでしこに、俺は少々呆れた視線を送った。


 ちなみにだが、俺は幼い頃から撫子のことをナデコと呼んでいる。


「なぁ、ナデコ。頼むから、ノックしてすぐにドアを開けないでくれよ。色々と取り込んでいたら、俺もお前も困るだろ?」


 普段から、クールな表情でいることが多い撫子。


 そんな妹の口角が、微かに上がる。


「取り込んでたらって……おにぃ、ナニかしてたの?」


「べ、別に、ナニもしてねーよ! 今だって勉強してただけだし、た、例えばの話だろうが!」


「そんな必死にならなくても。言ってくれれば、あたし手伝うよ?」


「……っ! いらねぇよ!」


「ふふっ」


 悪戯っぽく笑う撫子に、俺は語気を強めてツッコミを入れる。


 なんだか、俺だけが恥ずかしい目に遭った形になっていた。


「……んで、なんだよ? ナデコ、お前コンビニ行くの?」


 『なんかいる?』と聞かれたのを、『コンビニ行くけど買うものある?』と変換した俺は、撫子にそう聞き返した。


 すると、ニヤついていた撫子の表情は、スッといつものクールな表情へと戻る。


「コンビニ? ううん、行かないけど」


「えぇ……じゃあ、何で聞いて来たんだよ?」


「何でって。あたしは何にも要らないけど、おにぃが何かいるなら、代わりに買ってきてあげようかなって、思ったの」


 淡々とそう答える撫子から視線を外すと、俺はため息をついて頭を掻く。


「はぁ……お前はなんもいらないのに、俺の為だけに?」


「おにぃの為って言うのもあるけど、あたしがしてあげたいだけ、かな」


「……そうかよ」


 俺の長年のちょっとした悩み。


 妹は、幼い頃から今に至るまでずっとこの調子なのだ。


 撫子は、俺の実父の再婚相手である佳奈美かなみさんの娘で、所謂いわゆる、連れ子ってやつだ。血の繋がらない家族、戸籍上の妹なのである。


 もうかれこれ十年ほど前の話になるが、俺の実母がこれまたすごい浮気性な人で、男を家に連れ込んでいるのが父さんにバレて離婚となったらしい。


 良くは覚えていないが、言われてみれば確かに知らない男が家に出入りしていたなぁって覚えはある。


 その後、仕事が忙しい父さんは、自分一人では幼い俺の面倒を見るのは無理だと判断し、新たな母親を探す為に結婚相談所を巡って、佳奈美さんと出会ったそうだ。


 と言う事で、一人っ子だった俺に妹が出来たワケなのだが……


「ねぇねぇ、欲しい物ある? 教えて、おにぃ」


 あるをキッカケに、世話好きと言うか、お兄ちゃん大好き過ぎと言うか、ちょ~っと変わった子に育ってしまったのである。


「いや、いいよ。俺、自分で出かけてくるから」


「え、おにぃが自分で出かけるの?」


 撫子は、少々驚いた感じで訊き返してくる。


「ん? あぁ、まぁな。ずーっと机に向かいっぱなしで疲れちゃったし、気分転換に体動かそうかなって思ってた所だったんだよ」


 俺はそう言って、椅子から立ち上がって背伸びをした。


「……」


 すると撫子は、何も言わずに回れ右すると、俺の部屋から出て行ってしまった。


 どうやら、左隣にある自室へと戻ったと思われる。


「お、なんだ? やけにあっさりだな」


 いつもなら『何がいるの?』とか『言うまで出て行かない』ってしつこいくらい食い下がってくるのに、今日は珍しく素直に諦めた。


 その事が、少々不気味ではあるのだが……


「まぁ、いいか。そんな日もあるだろ」


 そう納得した俺は自室のクローゼットへと向かうと、掛けてあった灰色の薄手のパーカーを取り出してそれを羽織った。


 下は……今穿いてるデニムのままでいいか。


 髪を軽く手櫛で直しながら、スマホで野球ニュースをチェックする。


「お、ホワイトタイガース勝ってる。今年も頼むぞぉ」


 贔屓ひいきの球団の試合情報を見た後、他球場の試合情報も確認してから、俺は財布を持って部屋を出る。


 そうして、玄関に向かう為に階段を降り切ったところで、継母である佳奈美さんがリビングから顔を覗かせた。


「あれ? 将輝くん、どこか出かけるの?」


 パッと見、四十手前とは思えない程に若くて美人な佳奈美さん。


 髪は肩まで伸ばしていて、モデルの様にスラっとした体形をしており、撫子が大人になればこんな感じなんだろうなと想像がつく程に良く似ている。


 性格はどこか天然で明るく、見た目や態度がクールな娘の撫子とは真逆な印象を受ける。


 だが、撫子も根っこの部分は明るいから、そこは母親譲りなんだろうなとは思う。


「あぁ、母さん。ちょっと勉強の気分転換にコンビニ行ってくる」


「そうなんだ。じゃ、撫子のことよろしくね」


「うん、わかっ……え? ナデコ?」


 佳奈美さんの言葉に、俺は嫌な予感を抱きながら視線を玄関へと向ける。


 するとそこには、先ほどまで上下黒のスウェット姿だったはずの撫子が、お出かけ用の服に着替えて準備万端で立っていた。


(いやいや……着替えるの早過ぎじゃね?)


 と、俺は撫子の早業に呆れつつ、ため息交じりに首を振る。


「なぁ、ナデコ。一応、訊くけどさ、お前もコンビニ行くの?」


「うん、もちろん行くよ。おにぃと一緒にコンビニ……ふふっ」


 撫子は口元に手を当てて、すっごい嬉しそうに微笑んでいる。


 俺が見た中で、今日一、会心の笑顔だった。


「いやまぁ、もうついてくるのはいいよ。だけどな、ナデコ」


「ん?」


「そこまでしなくても良くないか?」


「何が?」


 キョトンとした顔で聞いて来る撫子に、俺ビシッと人差し指を突きつける。


「何がって。服だよ、服」


「え? 服?」


 そう言って、撫子は自分の恰好を見ながら、その場でクルリと回転した。


 ブランド物の黒の長袖の上から高そうなグレーのカーディガンを羽織り、短い黒のスカートを翻している。


 膝上までの白いニーソックスを履いているから肌面積は少ないと感じるが、それによって生まれた絶対領域が、これでもかと肉付きの良い太ももを強調していた。


 ちょっとでも屈んだらAREアレが見えてしまいそうな、そんなけしからん丈のスカートも含めて『ちょっと近所のコンビニに』って服装ではない。


 もっと普段着っぽいのがあるだろうと、俺は言いたいのだ。


「ただ、コンビニに行くだけだぞ? 男とデートに行くわけでもないのに……」


「え? おにぃとデートなんだけど?」


「は?」


「デート、おにぃとコンビニデート」


 撫子はニッと笑った。


(コンビニ……デート?)


 いや、まぁ、美少女の妹にそう言われて悪い気はしない。


 だが、俺の事を兄として慕ってくれる嬉しさと同時に、何とも言えない気恥ずかしさも込み上げてくる。


 俺は、そんな感情を悟られまいと、撫子に対してぶっきらぼうな態度をとった。


「もういい……勝手に言ってろよ」


 気合いの入った撫子の横をサッと通り抜け、俺は靴を履いて玄関を飛び出した。


「え、ちょ、おにぃ待ってぇ~」


 俺の後ろからは『行ってらっしゃい』と言う佳奈美さんの明るい声と、慌てて飛び出してくる妹の足音が追いかけて来ていた。

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