ヘタレな勇気

明弓ヒロ(AKARI hiro)

選択肢が多すぎる

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。

 目の前の時限爆弾を解除することだ。


 西暦3021年、地球は突如、宇宙人からの侵略を受けた。オリオン座β星から来たバッファロー星人(体がバッファローに酷似していることから地球連邦代表ジョン・クラークによて命名された)は、地球上のどんな武器も通じないダイヤモンドよりも固い超合金TATTEEで作られた鎧をまとい、草原を突き進むバッファローの群れのごとく、ニューヨーク、東京、ロンドン、パリと、地球の主要な都市の全てを破壊しながら蹂躙した。


 バッファロー星人の駆け抜けた後には瓦礫が残るのみ。生き残った地球人は核戦争対策として地下に作ったシェルターに逃げ込み、なんとか命をつないでいた。


 だが、地下に逃れた地球人はダイヤモンドとチタンを融合し、TATTEEを貫くことが可能な超物質HOKKOの生成に成功し、HOKKO製の槍『グングニル』を操る対バッファロー殲滅部隊『ジョン・ウェイン連隊』を結成し反抗を始めた。


 『ジョン・ウェイン連隊』は、かつてアメリカ西部で活躍したカウボーイのようにバッファロー星人に勇敢に戦いを挑み、バッファロー星人を血祭りにあげていった。


 だが、反抗作戦も佳境を迎え最終決戦間近となったとき、バッファロー星人のスパイによって、HOKKOの精製所に反物質爆弾が仕掛けられたのだ。


 生き残った人類の中で、この爆弾の処理ができるのは、対テロ爆弾処理員として活躍してきた俺しかいない。


 何とか未知の爆弾の構造を推測しながら解体処理を進めた俺だが、最後に残ったのは反物質爆弾につながった起爆装置だった。


 だが、起爆装置のカバーを開けて、装置内のケーブルが目に入ったとき、俺の頭にうかんだのは『絶望』の二文字だった。


 赤、青、二本のケーブルでも、持てる技量の全てを使ってギリギリの選択をすることになる。しかし、この爆弾は、赤、青、だけでなく、緑、黄色、そして、黒。五本ものケーブルが使われていたのだ!


 赤を切るか、それとも青か。緑を切るか、それとも黄色か。いやいや、それとも黒か。


 まてよ、そんなに単純な問題じゃない。


 赤と青を同時に切るか、それとも赤と緑を同時に切るか、青と緑を同時に切るか。緑と黄色を同時か、緑と黒か。


 二本同時とは限らない、三本同時の可能性もある。赤と青と緑を同時に切るか、それとも、赤と青と黄色か、赤と緑と黒か、……。


 まて、落ち着け! いったん深呼吸だ!


――残り時間2分。まずは選択肢を整理だ。


◇一本切る

1 赤を切る

2 青を切る

3 緑を切る

4 黄色を切る

5 黒を切る


◇同時に二本切る

6 赤と青を切る

7 赤と緑を切る

8 赤と黄色を切る

9 赤と黒を切る

10 青と緑を切る

11 青と黄色を切る

12 青と黒を切る

13 緑と黄色を切る

14 緑と黒を切る

15 黄色と黒を切る


◇同時に三本切る

16 赤と青と緑を切る

17 赤と青と黄色を切る

18 赤と青と黒を切る

19 赤と緑と黄色を切る

20 赤と緑と黒を切る

21 赤と黄色と黒を切る

22 青と緑と黄色を切る

23 青と緑と黒を切る

24 青と黄色と黒を切る

25 緑と黄色と黒を切る


◇同時に四本切る

26 赤と青と緑と黄色を切る

27 赤と青と緑と黒を切る

28 赤と青と黄色と黒を切る

29 赤と緑と黄色と黒を切る。

30 青と緑と黄色と黒を切る。


◇同時に五本切る

31 赤と青と緑と黄色と黒を切る


 つまり、

5C1+5C2+5C3+5C4+5C5

=5÷1+(5×4)÷(2×1)+(5×4×3)÷(3×2×1)+(5×4×3×2)÷(4×3×2×1)+(5×4×3×2×1)÷(5×4×3×2×1)

=5+10+10+5+1

=31(通り)

となる。

※mCnは、n個の中からm個を選び出す組みあわせの数。中学生の数学で習います。

mCn=m×(m-1)×(m-2)×…×(m-n-1)÷(n×(n-1)×…1))


 後は、この31通りの中から正解を選べばいいだけだ。


――残り時間1分。

 ……

 ……

 ……

 ……


 無理だ……。


 赤と青だけでも難しいのに、こんなもの正解がわかるわけないだろう!

 31通りとかあまりにも選択肢が多すぎる!


――残り時間30秒。

 どうする!

 どれを切ればいい!

 いくら考えてもわからん!


――残り時間20秒。

 こうなったら感で切るしかない。爆弾と言えば、赤だろう。たいていの場合は赤だ。もしくは青だ。


 って、そりゃそうだろう。普通は、赤か青しか選択肢がないんだから。緑とか、黄色とか、初登場だろう。


 本当に初登場か? もしかしたら、過去に既出の可能性もあるか?

 おっと、過去に既出は重複表現だ。既出は過去に決まっている。


 いや、いや、そんなこと考えている場合じゃない!


――残り時間10秒。

 だめだ、終わった。何らかの選択をしなければいけないことは頭ではわかっている。だが、選択する勇気がでない。


――残り時間9秒。

 人類の運命を背負うなんて、俺には荷が重すぎる。 


――残り時間8秒。

 誰か、誰か、責任を代わってくれー!


――残り時間7秒。

 誰もいない。もう、俺しか爆弾処理班の生き残りはいないのだから。


――残り時間6秒。

 なんで俺なんかが生き残ったのか。爆弾処理班一のヘタレが。


――残り時間5秒。

 もし、隊長が生きていれば。俺なんかと違って、果敢に決断を下しただろう。たとえ、正解がわからくても。


――残り時間4秒。

 隊長じゃなくても、リチャードでも、アリサでもいい。だが、みんな死んでしまった。


――残り時間3秒。

 爆弾処理班の一員でありながら、爆弾を見てビビって逃げ出した俺。皆、俺の代わりに爆弾と戦って死んでしまった。


――残り時間2秒。

 もう、逃げた俺の尻拭いをしてくれる人はいない。俺の尻を拭えるのは俺だけだ。

 俺しか、この爆弾と戦えるのはいないんだ!

 俺が、俺が、やるしかないんだ!


――残り時間1秒。

……

……

……


 やはり、俺はヘタレだった。俺は、爆弾に背をむけて逃げ出した。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 バッファロー星人を地球から追い出すことに成功した人類は、西暦3051年、独立戦争の英雄である爆弾処理員『イーサン・ハンター』の死を、人類初の地球葬として執り行い、全人類が彼の死に黙とうを捧げた。


 バッファロー星人の仕掛けた反物質爆弾は、どのコードを切っても爆発するようになっており、その罠を見抜いたイーサン・ハンターの英知が人類を滅亡から救ったのである。


 晩年、イーサン・ハンターは『何もしない勇気』について尋ねられたとき、こういって謙遜した。

「自分は、ただのヘタレだっただけです」


 人類史において、イーサン・ハンターほど謙虚な英雄がいただろうか。今では「お前はヘタレだ」というフレーズは、最高の誉め言葉として使われている。


―了―

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ヘタレな勇気 明弓ヒロ(AKARI hiro) @hiro1969

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