明日風 ーあすかぜー

金 日輪 【こん にちわ】

明日風 ーあすかぜー

 男子大学生、岡田おかだ悠斗ゆうとには三分以内にやらなければいけない事があった。

 洗顔よりも、歯磨きよりも朝日を浴びて伸びをするより真っ先にやらなければいけないこと。

 それは、〈絶対見ろ!!!〉ノートを読むことだ。

 本当の名前は知らない。表紙の厚紙に大きな文字でそう書いてあったので、はたまたまそう呼んだだけに過ぎないのだ。

 悠斗は早速、ベッドの横にあるそのノートを開いた。中には衝撃の内容が記されていた。


 2023 6/21

 拝啓 今日の僕へ

 目の前にこんな目立つノートがあってびっくりした

 だろう。しかし今から記す内容は全て君にとって大

 事なことだから、よく目を通して置いて欲しい。

 まず、君は2023 6/1に交通事故にあった。

 何とか一命を取り留めて身体的な後遺症こそ残ら

 無かったものの、「前向性健忘症」の診断を受けて

 しまったんだ。

 小説とかでよく見る、病。

 だから、君には直近1年程の記憶が全く無いことにな

 る。

 今のところ、治る気配は見えないらしい。

 そこで、医者からアドバイスされた通り自分につい

 ての情報を書き込むこのノートを作ってみた。

 僕の病気についての事情は、松田まつだ 蓮太れんたにしか話していない。

 中三の時、夏祭りで僕の浴衣に思い切りアイスをぶ

 つけてきたあの蓮太だ。

 もし何か分からない事があったらアイツに聞いて欲

 しい。

 そしてここからが僕からの頼みだ。

 もし、今日何か大事なことが起こった場合、明日の

 僕に引き継ぐ為にこのノートの続きを書いて欲しい

 んだ。でもあんまり長ったらしく書くのはダメ。

 これを読んだ明日、明後日の僕がパニックにならな

 いよう、文章量はなるべく短くして欲しい。

 そうだな……三分で読み切れる位が良いだろう。

 不安になる気持ちも分かるけど、昨日の僕も同じ気

 持ちだっただろうし、幸い事情を分かってる友達も

 いる。どうか絶望しないで欲しい。


 最初のページはこれで終わっていた。

 部屋にかかっている時計を見ると、日時は2024年の7月を示していた。

 信じられないが悠斗にこんなノートを書いた覚えが無いのも事実だ。

 悠斗は暫く現実を受け止める事が出来ずにいたが、やがてそのノートを1枚、1枚と捲っていった。

 そこには身に覚えのないニュース(有名な歌手が死んだだとか、面白かった芸人が薬物中毒になって逮捕されただとか)がぽつぽつと書かれていた。

 悠斗はそこにあった内容をスマホで調べて事実だという事を確認しながら、段々夢から覚めたような気分になる。

 中には、死にたいとかもう嫌だとか真っ黒に塗りつぶされたページがあって、悠斗は今直面している現実の重さを再確認した。

 そして不思議におもったのは、ノートの真ん中数ページに破られた跡があり、その直後のページには小さい文字で、


 まだ好きだった


 と、一言だけ書かれてあった。

 これはどういうことだろう。悠斗は早くも蓮太に連絡を取る。


『もしもし?蓮太?』

『お、起きたか悠斗。〈絶対見ろ!!!〉ノートはもう見たか?』

『あぁ、何とか。それにしてもこんな事ってあるんだな』

『今日は結構落ち着いてんだな』

『え?』

『昨日のお前は酷かったぞ。電話するなり泣き出してさ。慰めるの大変だったわ。』

『え……』

『まぁ昨日は昨日、今日は今日だもんな。今日は大学行くか?』

『あ、そうか僕もう大学生なんだ』

『おう、一応大学は来ても来なくても良いって言ってるけど』

『んー……今日は行くわ。特にやることもないし。』

『おっけ〜。1時間位したら迎え行くから準備しとってな』

『はーい』


 ガチャッ


 悠斗は、覚束無い足取りのまま取り敢えず洗面所に向かった。


 大学では、蓮太が取っている授業に同行した。

 悠斗は自分の記憶を引き継ぐのに精一杯で勉学については高校生から停滞している。

 だから高校時代には頭が良くなかった蓮太にも抜かされ、何か分からない事がある度に


「お前、馬鹿だな笑」


 と茶化されていた。


「ふぅ〜。腹いっぱいだ」

「悠斗お前……食べ過ぎじゃないか?お陰で財布の中からっぽなんだけど」

「いや借りるだけだって。明日の僕が絶対返すよ」

「そんなこと言ってた日の次の日のお前は返す義理が無いとか毎回言って返した事ねぇんだよ」


 蓮太が悠斗の脛に蹴りを入れる。

 思わずよろけた悠斗はバランスを取り戻す数歩の内に、近くに居た女性にぶつかってしまう。


「きゃっ!」

「あ!すみません、大丈夫ですか……?」


 悠斗は転んだ女性に手を差し出そうと女性を見た時、ある違和感に襲われた。


「おい、悠斗どうした?」

「あれ……?すみません、どこかで会ったことありましたっけ?」


 悠斗が女性にそう聞いた途端、女性が泣き出してしまった。

 何が起こっているか分からない悠斗は、その女性に手を差し伸べるのも忘れて唖然とする他無かった。


「悠斗、記憶喪失のお前が大学の人を覚えてる訳無いだろ?誰かの見間違えじゃないのか?」

 

 その女性も、涙を袖で拭きながらしわがれたままの声で

 

「そうですよ。人違いだと思います」


 どこか悲しそうな表情でそう言った。

 蓮太がそう言うならそうか、と納得して女性に手を差し伸べると、女性がその手を取りながら、


「少し話せませんか……?」


 と言った。

 別に駄目な理由も無い。悠斗はもちろんいいと了諾しようとすると、


「悠斗、そろそろまじで帰ろうぜ、もう疲れたんだけど」


 微かに怒気を孕んだような声で、蓮太は悠斗の手首を掴む。

 確かにここで帰るのは簡単だが、悠斗は彼女の涙ぐんだ表情を見て、ただならない事情があるのではないかと思った。


「悪い、先帰っててくれ」

「おい、悠斗……」

「大丈夫だから、早く帰れ」

「……はァ」


 悠斗が蓮太の手を振り払いながら言うと、蓮太はしぶしぶ荷物をとりに教室へ向かった。


「……あの、すみません時間とっちゃって」

「いいんですよ、どうせ暇なんで」


 悠斗は困ったような笑みを浮かべる。

 2人は中庭まで歩きながら、軽く自己紹介をしていた。

 悠斗の手を取った謎の女性は橋本はしもと美咲みさきと名乗った。

 中庭に到着してベンチに座ると、美咲が思い出したように尋ねる。


「そういえば、記憶喪失って……」

「あぁ、そういえば言ってましたね」


 悠斗は自分の状況について説明した。

 事故のこと、後遺症で記憶がリセットされること、あのノートに書かれている内容……。

 何から何まで全部話した。

 悠斗が話している間、美咲は口を挟むことなく相槌だけをしながら真面目な顔で話を聞いていた。


「ありがとうございます、そんな大事な話を……」


 美咲がまた涙を浮かべ出したので、悠斗は慌てて静止する。


「いやいやいや!そんな大事だとは思ってないんで」

「でも……」

「まぁ、今日の僕は大丈夫なんですけど少々落ち込んでた日もあったっぽいですけどね」


 真っ黒に塗りつぶされたノートを見て、あれを少々のレベルに入れていいのかと思いながら、悠斗は続ける。


「でもちょっと不安なんで支えてくれる人くらいは欲しいですけどね」

「え?」


 悠斗は自嘲気味に笑った。


「じゃあ、まだ彼女とかは居ないってことですか……?」

「まだ、どころか今まで居たことないですけどね」

「……あっ、そうなんですか」


 どことなく嬉しそうな表情を浮かべる美咲は、前を向き直した。

 暫く何も言わない時間が2人の間を流れる。

 中庭を吹き抜ける風の音と、ここぞとばかりに音量を上げた気がする蝉の音で静寂はかき消され、気まずさは幾らか楽になった。

 あ、そうだと前置いてから、美咲は悠斗の方にずいと身を寄せる。


「なら、明日遊びに行きませんか?」

「まぁ明日も何かする気起きないと思うんでいいですけど、なんで急に?」

「それは……」


 美咲は妙にもじもじしながら、必死に言葉を紡ぐ。


「私が岡田くんの彼女になるかもしれないじゃないですか」

「え、いいんですか?逆に僕なんかの彼女に立候補しちゃって」

「もちろんですよ。何なら――」


 と言いかけた所で美咲ははっとなって話すのをやめた。

 悠斗は美咲の顔が耳まで赤くなっているのを発見してしまい、またもや気まずくなる。

 それから暫くして、今度は悠斗から沈黙を破るために話しかけた。


「じゃあ、一旦連絡先だけ交換します?」

「え、あっ、そうですね!交換しましょう!」


 美咲がスマホに表示させたQRコードを読み取ろうとするが、悠斗のスマホには中々友だち追加の画面が表示されない。

 不思議に思って設定を開こうとしたら、美咲が慌てて悠斗のスマホを強奪、数秒何かの操作をするときちんと繋がることが出来た。


「じゃあ、そろそろ俺帰りますね」

「はい、明日楽しみにしてます」

「てか、そろそろ敬語やめません?同い年ですし」

「……じゃあ岡田くん、また明日ね!」

「うん、また明日!」

「あ、ちょっと待って」

「ん?」

「出来れば、私たちが明日遊びに行くのは松田くんには内緒にしてほしいの……」

「え?なんで?」

「えっと……なんでも!じゃあね!」


 美咲は悠斗の顔も見らず校門の方向に走り出した。

 悠斗は不思議に思いながら帰路に着いた。


 『悠斗、あの女と何も無かったか?』


 悠斗が家に着いて暫くすると、蓮太からメッセージが届いた。


 『あぁ、何もなかったよ』

 『本当か?本当に何もなかったか?』

 『本当だよ。なんでそんな疑うんだ?』

 『いや、気になるだろ普通変な女に親友が絡まれまら!』

 『そんなもんなのか?』

 『そんなもんだろ』


 あいつもあいつなりに僕の事を心配してくれてるのかと悠斗は感心した。


 『どっちにしろ、あの子と関わるのはやめといた方がいいぞ』

 『え?なんで?』

 『ちょっと色々ヤバい噂がな……』

 『どんな?』

 『まぁ、それは色々だ。とにかく気をつけろよ』

 『分かった』


 美咲と話したあの時と、蓮太の話で少しギャップを感じた悠斗は、そうなのかと少し疑問に感じながらスマホの電源を落とした。

 寝る前、悠斗は〈絶対に見ろ!!!〉ノートと向き合っていた。

 よし、と覚悟を決めた悠斗は、ノートを開きペンを取った。

 最新のページに美咲の事、明日遊びに行く約束をした事などを書いた。

 女の子と遊びに行けるなんて羨ましい、と明日の自分にジェラシーを感じながら、悠斗はベッドの上で意識を落とす。





 悠斗は、見知らぬノートと共に目を覚ました。

 ノートの表面には〈絶対見ろ!!!〉とだけ書かれている。

 悠斗がノートを開くと、そこには受け止めがたい内容が色々書かれていた。

 悠斗が現実を受け止めながらノートを読み進めて行くと、1番後ろの方に


 明日デート!


 と書かれているのを発見した。

 そんな文字を見るや否や、悠斗のスマホが鳴る。

 見ると、美咲から早くもメッセージが。


 『おはよう、ノート見た?』

 『おはよう。今見たよ。』

 『……大丈夫?』

 『うん、今ちょっと落ち着いた所。それより今日デートの約束してたんだっけ?』

 『え?デート?』

 『……え?違うの?』

 『い、いや何でもないよ。とにかく、18時くらいに駅前集合ね!』

 『分かったよ』


 18時頃、悠斗が駅前に向かうとメッセージで前もって伝えてくれていた服を着ている女性が立っているのを発見した。


「ごめん、遅れた?」

「いやいやいや!私が早く来すぎただけだから……」


 美咲は、会ったばかりなのにも関わらず顔を真っ赤に染め上がらせている。

 しかし、悠斗は美咲を見た瞬間からある違和感に襲われていた。


「もしかして、どこかであったことある?」

「えっ?いやいや気のせいだよ〜!」


 美咲は笑顔を作る。

 でも、その奥に笑顔以外の感情が隠されているのを、悠斗は微かに感じ取っていた。

 取り敢えずということで、2人はカフェに入り込んだ。

 カフェでは思ったより2人の話が合い、カフェを出た時には時刻は21時を回っていた。

 2人は何か食べるものを、と近くのレストランに入ることにした。

 しかし、悠斗は駅前で会った時から何かを言いたげな美咲の態度が気になっていた。

 悠斗は、料理を食べて腹も膨れた頃に意を決して聞いてみることにする。


「橋本さん、今日ずっと何か言いたげな表情だったけど……」

「えっ?!」


 美咲は如何にも『バレたの?!』といったような表情で口をぱくぱくさせている。

 悠斗はバレてるよ、と笑ってから話を続ける。


「何か悩んでるなら、遠慮なく言って欲しい。まぁ記憶喪失の僕に助言出来ることなんてないかもしれないけれど。」

「いやいや、そんなことないよ!」


 美咲は首を振ると、俯いて躊躇いながら話す。


「むしろ、相談したいことは岡田くんについてって言うか……」

「……え?あ、そうなんだ。どんなの?」


 高校時代彼女どころか仲の良い女性すらもいなかった悠斗にとって、女心は少々難しい。

 しかし記憶喪失をしていた1年間に、体に刻まれた今までの記憶のお陰か、不思議とこの先の展開を想像して勝手に胸が高鳴る。


「実は、岡田君にはこの1年で1人だけ彼女が居たの。」

「は?」


 想像していた言葉と全く違う内容が聞こえてきて、悠斗は一瞬フリーズしてしまう。

 愕然としたままの悠斗をそのままに、美咲は言葉を続ける。


「それが私なんだけど……」

「は?!」


 思わず大声を出してしまった悠斗に、周りの客が一斉に二人に視線を集める。

 思ったより目立ってしまったことに気づき、悠斗は恥ずかしそうに咳払いをしてから話に戻る。


「え、ほんとに?」

「うん。ほんと。」

「え、何で別れたのに連絡とってきたの……?」

「あ、ごめん迷惑だった……?」

「いやいや!そんなことないけど不思議で」

「そっか、良かった。私、まだ貴方の事が忘れられなくて……」

「ちょっと待って、振られたのは橋本さんの方?」

「うん」

「こんな記憶喪失持ちの僕を……その……好きだって?」

「うん」

「えぇ〜……」


 悠斗は机に突っ伏す。

 てっきり美咲が振った方だと思っていたので、あんまり話が入ってこない。


「じゃあ、僕は何で橋本さんを振ったんだ?」

「やっぱり記憶喪失持ちの僕なんかと付き合ってたら時間の無駄だって。私は支えていくって言ったんだけどそれでも聞いてくれなくて」


 他人事の様で他人事じゃないけど、健気だな。と、悠斗は確かにそう思った。

 言っちゃった!とあわあわしている美咲の様子を見て、あの大切ノートに書かれていた


 まだ好きだった


 という一文を、悠斗はふと思い出した。

 悠斗と美咲が付き合い、そして別れたということを、蓮太が知らない筈がない。

 しかし、メッセージの履歴を見る限り蓮太は美咲の事をヤバい女だと、そう言っていた。

 もちろん、悠斗の事を思っての一言だったかもしれない。

 でも悠斗には、ここで生まれた違和感を逃すのは致命的な間違いである気がしてならなかった。


「ごめん、こんな時になんだけどトイレ行っていい?」

「え、ごめん急にこんな変な話して……嫌いになったよね」

「いやいや!ほんとに大丈夫だよ!むしろ嬉しい位!」

「ほんと……?」

「ほんとほんと」


 美咲に断り、悠斗は外に出た。

 トイレに行くと言いながら出たのは、蓮太に電話をかける為だ。


 『もしもし?』

 『おう、悠斗、どうした?』

 『ちょっと聞きたい事があって』

 『ん?記憶喪失の話か?』

 『いや、橋本さんについて』


 電話の向こうにいる、蓮太の雰囲気が変わる。


 『やっぱり会ったのか?あんなにダメだと言ったのに』

 『会おうと決意したのは昨日の僕だ。文句は昨日の僕に言ってくれ』

 『はぁ……それで、聞きたい事って?』

 『僕と橋本さんが別れた理由、お前は知ってるだろ?』

 『……』


 蓮太は何も喋らない。

 悠斗が暫く待っていると、蓮太はついに重い口を開いた。


 『俺だ』

 『……え?』

 『俺が別れるように言った』

 『は?何でだよ』

 『お前がいつまでも及び腰だからだよ』


 蓮太によると、美咲と悠斗が付き合っていた当初、悠斗は蓮太に、こんな僕が美咲と付き合っていいのか、美咲の人生に邪魔じゃないのか、などをぐちぐちと相談されていたらしい。

 しかも悠斗は同じことを美咲にも話していたらしい。

 勿論、蓮太も最初は相談に乗るなどして悠斗の恋を応援していた。

 しかし自信を無くしてどんどん卑屈になって行く悠斗を見ていられなくなり、別れるよう提案したのだ。


 『そうだったのか……』

 『それで、お前はどうしたいんだ?』

 『え?僕?』

 『あぁ、お前が急にこんな事を言い出すって事は、お前も美咲ちゃんの事少しは気になってんじゃねぇのか』


 悠斗ははっとした。

 確かにあんな事を言われて、気にならない男は居ないだろう。

 悠斗の脳内は、どう振るかより何と言ってヨリを戻すか、の方向にシフトチェンジをしていた。


 『僕はもちろん、復縁したいと思ってる』

 『本当に美咲ちゃんの事好きなのか?』

 『……これから好きになるよ』

 『明日には今のお前は居なくなるのに?』

 『それは……』

 『冗談だよ』


 蓮太はふっと笑う。

 すこしはあの重い雰囲気も紛れた。


 『でも、もう俺に相談するのは辞めてくれよ?』

 『うん、気を付けるよ』

 『悠斗』

 『?』

 『頑張れ』

 『あぁ』


 悠斗は電話を切った。

 きっと今の僕ならいける。

 悠斗はその場にしゃがみこみ、深呼吸をする。

 レストランに戻ると、いまだに美咲は気まずそうに固まっている。

 悠斗はふっと笑いながら席に戻る。


「お待たせ」

「全然!待ってないよ」

「さっきの話の続きだけど……」


 美咲の動きが更に固まる。

 何か勘違いをしている様だけど、面白そうだからこのまま続けよう。

 悠斗は話を重ねる。


「まず、別れたのにも関わらずまだ僕を好きでいてくれてありがとう」

「……うん」

「正直、さっき言われた時めちゃくちゃびっくりした。橋本さんが記憶喪失の僕も支えてくれるって言ってくれた時とか」

「あはは……ちょっと恥ずかしいな」

「でも嬉しかったのは事実なんだ。だから……」


 悠斗は、俯いたままの美咲の顔をじっと見続ける。

 急に黙った事を疑問に思い、顔を上げた美咲と目が合う。


「もしよかったら、僕とヨリを戻してくれ」

「……え?」


 美咲が、目を真ん丸にして悠斗の顔を見つめる。

 振られると思っていた美咲は、悠斗の予想外の言葉に驚くほか無かった。


「え?いいの?」

「うん、僕なんかで良かったら」

「全然!全然!」


 美咲は、人目も憚らず悠斗に思い切り抱きつく。

 美咲の呟いた大好きだよ、という言葉に、悠斗はありがとう、と返す。



 悠斗は、家に帰りつくなりすぐにノートを開く。

 そして昨日の俺が書いた、美咲についての文章に矢印を引き、大きな文字で彼女!!と書き足した。


 美咲は、家に帰りつくなりすぐに机の引き出しを開く。

 そこには、破られていた悠斗のノートがくしゃくしゃの状態で仕舞われていた。

 ノートには悠斗が初めて美咲と出会った時から別れた時までの悠斗の思っていたことが、事細かに記されていた。

 美咲とのデートに着ていく服を決めていたり、惚れされる為にやった方がいい事を書いていたり……

 そんな純粋さに美咲は惚れたのだ。


「でも、もうこんなの要らないよね」


 美咲は、今度こそノートを丸め、ゴミ箱に投げ入れた。

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