実証実験
@kuramori002
実証実験
「犯人には三分以内にやらなければならないことがあった―――すなわち、この十三番のホームから二番ホームへの移動です」
探偵は遥か向こうの二番ホームを指さした。
「三分以内に移動できますか? 朝のラッシュの時間帯ですよ? 僕には不可能に思えるのですが……」
「できるはずだ、と考えています。でなければ私の推理が間違っていることになる。そして、そんなことは有り得ない」
「誰が犯人だと?」
尊大な態度の探偵に僕は訊ねた。
「それはまだ秘密です。いくら助手の貴方にだって言えません。ですが、私のお願いを聞いてくれたら、そのあとでお教えしましょう」
―――なんだか嫌な予感がする。
「お願いとは?」
「ちょっとした実験です。もうすぐ、犯人が乗っていたと思われるものと同じ時刻の電車がやってきます。そこから乗客が降り始めたら、貴方は二番ホームへ向かってください。三分後に出発する急行に乗れるかどうかを試すのです。
もちろん全力で走ったり、ひとを押しのけたりしてはいけません。誰かに覚えられる危険性があるような行動は避けたはずですからね。小走り程度にしてください。
ああ、そうだ。先程、貴方はこの駅に来るのが初めてだと言っていましたね。しかし、ホームの数は多いですが、複雑な構造の駅ではありません。案内板をきちんと見れば迷うことはないでしょう。お願いできますか?」
「……助手に拒否権はないって言うんでしょう? わかりましたよ」
「よろしくお願いしますね」
探偵がそう言って微笑むのと、アナウンスが電車の到着を知らせるのがほぼ同時だった。
乗客が降りてそれぞれの行く先へ進み始め、僕も彼に背を向けて足早に歩き出す。
通路を進み、階段を上る。
腕のスマートウォッチをちらりと見る。
出発から三分十二秒経過。
ホームに出た僕の耳に急行が出発する音が―――
「まさか探偵の言ったとおりになるとはな」
よく知っている警部の声。
腕を掴まれている。
「助手くん、なぜこんなところにいる?」
「な、なぜって、探偵さんの命令で二番ホームへ行けと……」
「ここは三番ホームだぜ?」
警部が指し示す表示版には、たしかに「3」と書かれている。
まさか、そんなはずは―――……
「あんなに何度も効率的な移動を練習したのだから、ホームを間違えるなんて有り得ないと、そう思っていますね?」
背後から探偵が現れた。
「ま、実際その通りで、あれは上からコピー用紙を貼ったニセモノです。ここに来るまでの間の、すべての案内板と同様にね」
―――やられた。
「では、場所を移しましょう。初めて来た駅のはずなのに案内板も見ず、それでいて迷わず本物の二番ホームに辿り着いたことや、わざと三分を超えるように時計をちらちら見ながら歩いていたことについて、ゆっくり聞かせてください―――」
探偵がうっすらと微笑む。
「―――三分なんていう、つまらない時間制限はありませんからね」
実証実験 @kuramori002
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