バッファローモッツァレラのピザ/REBIRTH

有本カズヒロ

税込500円

 『イタリアンワイン&カフェレストランのチェーン店で、一番有名な店と言えば何か?』と聞かれたら、普通の人は何と答えるだろうか?


 そう、十中八九『ナイゼリヤ』である。


 質の高いイタリア料理やワインを、驚くほどの低価格で幅広く提供できるレストランと言えば、ナイゼリヤ……通称・ナイゼの右に出る者はいないだろう。提供する料理は、特に『ミラノ風ドリア』や『辛味チキン』等が有名だ。


 しかし、疑問に思ったことはないだろうか?『なぜナイゼはあんな低価格で料理を提供できるのだろう?』と。


 今回の話は、何故ナイゼリヤが低価格で料理を提供できるのか、その疑問に深く斬り込むものである。その販売技術の裏には、知られざる人々の戦いがあることを知って頂きたい。


 ― ― ― ― ―


 N県の山奥にある、界通かいつう村。かつて界通村はN県の中でも上位の人口が多い村だったが、近年は過疎化の影響により、ほぼ廃村と化していた。


 今、その廃村となった界通村の道を、三人の男が歩いている。


「なぁ、本当に大丈夫かお前? いつもと同じくホールスタッフやってても良かったんだぞ?」

「だ、大丈夫ですよ、いたり先輩。俺だってナイゼ店員の端くれです……あの伝説の『駿足のピザカッター』さんみたいに、俺もバリバリ成果を挙げる店員になりたいんです!」

「駿足のピザカッター、ねぇ」


 至先輩と呼ばれた男……至亜乃いたり・あのは、震えつつも歩く後輩……不雨蓮池ふう・れんちを気遣っていた。不雨がこの『作業』に初めて参加することは至も重々承知していたので、出来るだけサポートに回るつもりでいたが、それにしても不雨の震え方は尋常ではない。


「そうは言っても不雨、さっきから震え方がロデオマシーンみたいになってるぞ」

「だだだ大丈夫ですよ、ここここれは武者震いです!」

「ホントか……?」

「まあ、至。いざとなったら俺たちがカバーすればいいだけの話だ。先輩としてな」

詩千しせん先輩……まあ、そうですが」


 至の先輩、詩千遼李しせん・りょうりの言葉に至は同意する。今回の作業は、不雨の先輩が至、至の先輩が詩千という年齢的にもバランスの取れた人員構成ではあった。


「それより至、そろそろバラけて待機しておいた方がいいんじゃないか? バッファローが転移してくるのも、もうすぐだろう」

「ですね……おい、不雨。今から三人分かれてそれぞれのポジションで待機するが、お前はバッファローを発見しても手を出すなよ?」


 念を押すように不雨に告げる至。不雨はずっとガクガクしていたが、見方によっては頷いているようにも見えたので一応はOKサインと捉える。


「よし、じゃあ俺は村の入り口、都会に通じる部分で待機する。不雨は村奥の山の中、詩千先輩はこの家屋が密集してる場所で待機していてください。何かあればすぐトランシーバーで連絡を取るように」

「おう、わかった」

「わわわわかりました!」


 三人はポジションを確認すると、それぞれ分かれて走り始めた。


 ― ― ― ― ―


 イタリアンワイン&カフェレストラン『ナイゼリヤ』はあくまで表の顔。ナイゼリヤの本当の組織名は特務機関『NAIZERIYA』である。


 約60年前、昭和時代の日本に突如として空間の歪みが起こった。空間の歪みは異世界からの『ゲート』となり、日本の様々な地で開いた。そしてそのゲートから出てきたのが『モンスター』である。


 モンスターは狂暴かつ獰猛で、モンスター達の攻撃により日本では多数の死傷者が出てしまう。通常兵器は有効手段とはなり得ず、日本は崩壊の危機を迎えようとした。が、しかしそこに一筋の光明が差し込んだ。


 ゲートに近づいた人間が突如、特殊能力を開花。モンスターたちを倒し得る力を得たのだ。その人間……『能力者』は、他にも出てきた能力者たちや政府と協力し、特務機関『NAIZERIYA』を立ち上げ、モンスターの掃討を行った。


 能力者たちの活躍により、モンスターの被害は激減。平成、令和となるにつれて、人々はモンスターの存在を少しずつ忘れていった……しかし。


 2024年現在において、未だモンスターは日本に出現し続けている。


 ― ― ― ― ―


『き、聞こえますか! 至先輩、詩千先輩! バッファロー、山の方で出現しました!!』


 至が不雨から連絡を受け取ったのは、三人が分かれてからおよそ三十分後の事だった。


『き、木々を根こそぎなぎ倒してます! しかも群れですよ! 全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れが、都会方面に向かってます!』

「とうとう現れたか! よし、不雨! バッファローに巻き込まれないよう待機してろ! 今からそっちに向かう……不雨?」

『お、俺だって一人でやれます。やれます、やれるんだ……うおおおおおお!!』

「オイ!! あのバカ!」


 武者震いのまま、バッファローの群れに何も考えず突撃しようとする不雨の姿がありありと頭の中に浮かび、至は舌打ちする。


『至! お前より俺の方が不雨に近い、先に行って不雨を止める! お前もすぐ来い!』

『詩千先輩、了解です!』


 トランシーバーの通信が切れたと同時に、至は走り出す。その顔には汗がにじんでいた。


 ― ― ― ― ―


「ぐはっ!?」


 バッファローから突進攻撃を受け、不雨は地面に転がる。不雨のすぐ近くには、不雨の能力で具現化した2メートル程もある巨大なフォーク、『プレーン・ザ・フォーク』が転がっていた。


「クソッ……俺じゃ、俺じゃ勝てないって言うのかよ!」


 よろめきつつ立ち上がり、不雨はプレーン・ザ・フォークを両手で握り直す。不雨の周囲にはモンスター……バッファローがひしめき合っていた。現実にいるバッファローと見た目はほぼ同じだが、その大きさは三倍……大きい個体になると四倍はあった。

 そんなバッファローたちが、不雨の全てを破壊しようとうなりを上げている。


「俺だって、俺だって駿足のピザカッターさんみたいに……なるんだッ!!」


 フォークを構え、不雨は駆け出す。


 思えば不雨は、小さい頃から周りと比べて、特に秀でているものは持っていなかった。勉強、スポーツ、ゲーム……何をやっても大抵不雨より上手い人がいる。そんな現実に、不雨は嫌気がさしていた。

 しかし、そんな不雨にも唯一心が休まる時間があった。


『母さん! 俺、バッファローモッツァレラのピザにする!』


 毎週日曜日の昼、決まって不雨家はナイゼへ昼食を食べに行った。不雨はその時間が好きだった。その記憶がずっと根付いていたからか、大学卒業後に不雨はナイゼへ就職した。

 ナイゼに就職してしばらくした頃、不雨はナイゼの正体が特務機関NAIZERIYAだったことを知る。今まで好きで通っていたナイゼが、実は日本を守るための機関だった。それを知った時の興奮と感動を、不雨は今でも覚えている。


『こんな俺でも……誰かの役に立てるかもしれない。人を守ることなら、俺でも一番になれるかもしれない!』


 今回のバッファロー討伐作業に、不雨は率先して志願した。血がにじむほどの努力により特殊能力も何とか開花させ、使いこなせるようになった。今回の作業は不雨にとっての『夢の第一歩』だった。

 なのに。


「ぐああああああッ!!」


 バッファローの角によって、不雨は空中へ高々と打ち上げられる。下では、大勢のバッファローが口を開けて不雨が落下するのを待っていた。一瞬で不雨はその意味に気付く。

 バッファローは、不雨を食べようとしている。


 不思議と、『このまま落下したら人生が終わる』ことに対しては、何の感慨も湧かなかった。死ぬことは意外とそこまで怖くない。しかし、最も恐ろしいのは。


「俺の夢、こんなところで終わりなのかよ?」


 どんどんバッファローの口が迫ってくる。やたらと周囲の時間の流れが、ゆっくりに感じるようになった不雨。その頬に、一筋の涙が流れる。


「俺は……俺は!!」


 しかし、バッファローの口の中へと吸い込まれそうになったその時、一瞬にしてバッファローの姿がかき消えた。

 そして不雨の体が地面に激突する直前、不雨の体は落下を止めた。


「え……?」

「よう、気ィ失ってないか?」


 ゆっくりと不雨が上を向くと、そこには不雨の首根っこを掴んだ詩千が立っていた。難を逃れたことを悟った不雨は、途端に滂沱の涙を流す。


「詩千……先輩いぃ……!!」

「悪いな、遅くなった」


 詩千は地面に不雨を下ろすと、片手に持っていた巨大なナイフ、『ファンキー・ザ・ナイフ』を構える。不雨が辺りを見回すと、バッファローの半分ほどが地面に倒れていた。どうやら、不雨が地面に落ちるまでに詩千が倒したらしい。


「し、詩千先輩、めちゃくちゃ強かったんですね」

「これくらい強いの内に入らねぇよ。上には上がいる……それこそ、駿足のピザカッターとかな」


 詩千は片手にオリーブオイルの瓶を出現させた。不雨は訓練でも何度か見たことがあったが、『オイリー・オイリー・オリーブオイル』という名前らしい。


「なぁ不雨。こんなこと言うのもアレだが、お前は多分そんなに強くはなれない」

「え……」

「だがな。強くなれない奴、一番になれない奴にも、それなりの戦い方ってモンがあるんだ。見てろ」


 巨大なナイフにオリーブオイルを大量にかける詩千。油分を大量に得たナイフを詩千が地面に強く打ち付けると、ナイフ全体に怪しい緑色の炎が燃え上がった。


「ひたすら考えるんだ、自分だけの戦い方を見つけられるように」


 そのナイフを振り回し、詩千はバッファローの群れを瞬く間に殲滅していく。断末魔を上げながら、碌な反撃も出来ずに次々とバッファローたちは倒れていった。

 最後の一体も唸りを上げて詩千に突進しようとするが、詩千は跳躍してそれを躱し、空中から真っ直ぐナイフをバッファローに突き刺した。


「ま、とどのつまりナンバーワンじゃなくオンリーワンを目指そうね、って話だよ」


 ゆっくりとナイフを引き抜くと、それに伴って緑色の炎も消える。バッファローの死体から降りると、詩千は地面にへたり込んでいた不雨に手を差し伸べる。


「ゆっくりでいいんだ、頑張っていこうぜ」

「詩千先輩ぃ~……!!」


 不雨は詩千に抱きつくと、また大量の涙を流し始めた。


 ― ― ― ― ―


 至が不雨たちのもとに到着したのは、全てが終わってから一分ほど後だった。


「不雨、詩千先輩!」

「おう至。こっちは何とか片付いたわ」

「遅いですよ至先輩!」


 不満を述べる不雨に対し、至は拳骨を食らわせる。


「痛ッ!?」

「あのなぁ! 分かれる前に『一人で突っ込むなよ』って言ったよな!?」

「まあまあ、至。帰ってから反省文書かせればいいじゃないか」

「詩千先輩は甘いっすよ、ホントに……」

「至先輩! 詩千先輩の言う通りですよ。ちゃんと反省してます!」


 やたらと詩千にベタベタとすり寄る不雨に対し、至は眉を顰める。不雨と詩千は、そんなに関係がある先輩後輩ではなかったはずだった。


「なんかあったのか、不雨?」

「いやぁまぁ別にぃ? 何でもないっすよ」

「なんかムカつくなお前……」


 しかし、そんな話をしている中。しゃがんでバッファローの死体を確認していた詩千が異変に気付いたようで、顔を上げた。


「おい至。こいつら、倒したのにバッファローモッツァレラに変化しないぞ。モッツァレラに変化しない種類ってのもあるのか?」

「え? いや、そんなことないですよ。自然とバッファローモッツァレラになるはず……あ」

「お前も気づいたか」

「二人共、何話してるんです? もう全部終わったんだから、早く帰りましょうよ」


 不雨がその場で大きく伸びをした瞬間。三人の直上、空に大きく空間の歪みが発生した。ちょうど空を見上げた不雨は目を剥く。


「ななな何ですかアレ!?」


 空間の歪みを見た至と詩千は、ため息をついた。二人の予想が当たっているのならば、この空間の歪みはつまり。


「……今まで倒したバッファローたちは本命じゃないってことだ。恐らく、ボスモンスター的存在がいるんだろう」

「ですね、詩千先輩。このバッファローたちは分身体か何かだから、モッツァレラにならなかったのか。クソッ」


 二人が肩を落としている間に、空間の歪みからゆっくりと巨大なバッファローが一体出てくる。その大きさ、およそ現実世界のバッファローの数十倍と言ったところだろうか。巨大バッファローは着地すると、地響きと共に唸り声を上げる。

 バッファローの腹の下にいた三人は、顔を見合わせた。


「ど、どうするんですか! こんなデカいの、俺達三人で止められないですよ! 近隣の街に避難勧告出さないと!」


 焦って村の方へ出ようとする不雨を、詩千が手を遮って止める。


「んまぁ、何とかなる。こっちにはなんてったって、至がいるんだからな」

「はぁ!? そんな、いくら至先輩が強かろうと、こんなデカさの奴止められるわけないですよ!」


 至はゆっくりと動く巨大バッファローの腹部を見つめていたが、やがて決心がついたように言った。


「やってみよう。詩千先輩と不雨、バッファローの前足を少し止めておいてもらえますか? とにかく攻撃しまくっていいので」

「よし、わかった! 久々にお前の活躍が見れるな」

「いや、え、えぇ!? もうどうなっても知りませんよ!?」


 至の実力が信じられない、という顔をしつつも不雨は詩千の後をついて走り出す。二人の姿が完全に消えると、至は伸びをした。


「さて……始めるかな!」


 深呼吸すると、至は両手に力を込める。やがてそれは段々と至の前に武器の形を作り始め、巨大なピザカッターとして完全に具現化した。これが至の武器『デストロイ・ザ・ピザカッター』だった。


「久々に暴れてやろうじゃねぇの!!」


 至はピザカッターを転がしながら、バッファローの後ろ足に向かって走り出す。やがてスピードが出ると、至はジャンプしてピザカッターの上に飛び乗った。そしてそのまま、ピザカッターを一輪車のように器用に動かし、凹凸が目立つ山道を一気に走っていく。


 やがて巨大な後ろ右足が見えると、至はピザカッターから降りた。


「行くぜ!!」


 瞬間、ピザカッターを担いだ至は目にもとまらぬ速さで走り出す。あっという間に後ろ右足の下までたどり着くと、そこに深々とピザカッターを突き立てた。


「うおおおおおおおお!!」


 そしてそのまま、足を裂くようにして至はバッファローの足を走りながら登った。バッファローは足を裂かれる痛みに気付いたのか、苦悶の叫び声を上げて足を振る。が、しかし、そんな振動はものともせずに至は足を登り切った。


「うお、見晴らしのいい景色だねぇ」


 ちょうどバッファローの尻の部分に、至は立っていた。苦しそうにゆらゆらと体を揺らすバッファローに対して、至は笑う。


「ま、苦しいだろうな。しょうがない、すぐに終わらせてやるよ!」


 至は足を踏ん張ると、その場で高々と跳躍した。その高さ、およそ五十メートルほどだろうか。正に能力者にしかできない技だった。

 空中でピザカッターを構えると、至は大きく振りかぶった。


「喰らえッ!! 多撃十文字波状斬サウザンドクロス・インパクト!!」


 空中でやたらめったらにピザカッターを振り回す至。ピザカッターを振り回したそばから衝撃波を生み出し、巨大バッファローの体へ向けて連続の斬撃を繰り出した。そしてその斬撃はバターを斬るようにバッファローの体を切り裂いていく。


「うおおおおおおおお!! これで……終わりだッ!!」


 トドメの一撃と言わんばかりに、至はピザカッターを振り回した。他の者よりいっそう大きい衝撃波は、バッファローに当たった瞬間、その体を真っ二つに切り裂いた。


 かくして、巨大バッファローは討伐されたのだった。


 ― ― ― ― ―


「おーい不雨、詩千先輩! 大丈夫ですか!」


 数分後、至が村へ出ると不雨と詩千は呆然と村一帯を見回していた。巨大バッファローを倒したことで、辺り一面にバッファローモッツァレラが散らばっている。


「い、至先輩……すごい人だったんですね」

「俺もまさか、至がこんなすぐ倒せるとは思ってなかった……」


 ドン引きしている不雨と詩千に苦笑すると、至はスマホを取り出した。


「とにかく、これ全部回収班に集めてもらわないとですね」

「あ、あぁ、そうだな……」


 ゲートから出てくるモンスターは、倒すとそれぞれ『食材』へと変化する。ナイゼリヤが料理を低価格で提供できるのは、つまり『食材の仕入れは自社独自の方法で行っているから』だった。


「これだけモッツァレラがあれば、販売停止してたバッファローモッツァレラのピザも再販できるんじゃないですか?」

「そうだな。流石は駿足のピザカッター、いい仕事するぜ」


 ポロっと漏らした詩千の言葉に、不雨は勢い良く反応する。


「しゅしゅしゅ駿足のピザカッターが至さん!? どういうことなんですか!?」

「あーやっぱり知らなかったんだな、不雨。そう、駿足のピザカッターは至だよ。色々理由があって、今は俺達の店舗に勤めてるんだ」

「ま、マジですか……えっホントに駿足のピザカッターなんですか? あの『ラムのランプステーキ』を新メニューとして加えた功績を持ってらっしゃる」


 恐る恐る質問された至はめんどくさそうに答える。


「ん、ああそうだよ。でも俺、駿足のピザカッターって異名嫌いなんだよな……だってダサいじゃん」

「そんなことないですよ!? サインくださいよ!?」


 グイグイ迫ってくる不雨を面倒そうに避けながら、至は回収班に電話する。


 かくしてナイゼリヤに、バッファローモッツァレラのピザが『美味しくなって再登場!』することになったのだった。

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