カズマ対破壊神ボルガン
大会四日目、最終日である今日の会場は前日とは比較にならない程の熱狂に包まれていた。まだ試合も始まっていないのに観客は騒ぎ、歌い、これから始まる激闘に心弾ませ、待ちきれぬ気持ちを声に出して発散していた。
観客席には既に敗北した選手たちも座っており、その中にはバンカーやストロンガー、カナードにノーゼンといった顔ぶれがいた。
そこにマネッティアの声が響いた。
「譲れぬ意地があった、手からこぼれ落ちた勝利があった。幾人の男達の闘志の炎が燃え上がり、消えていった。そして最後に二人の男だけが残った。数ヶ月にも及ぶ予選を勝ち抜き、迎えた四日間に渡る本戦が今日遂に終わりを迎えます。それは同時に王国最強の男が決まる瞬間でもあります。初代チャンピオンに輝き栄光を手にするのはただ一人。さあ!今こそ王国最強の男を決めようではありませんか!」
マネッティアの実況に会場は割れんばかりの拍手と歓声が沸き起こった。
「本日の実況もマネッティアと」
「サルビアが解説をしていきます。どうぞ最後まで宜しくお願いします」
二人の挨拶が終わると会場が暗くなった。元々は競馬場を改装してプロレス会場にしたはずであり、ここは屋外なのだが何故か会場全体が暗くなり何も見えなくなった。
突然の事に騒つく会場に入場曲「ニューフロンティア」が流れた。そして入場口の両脇から炎が吹き出した。その炎に照らされ入場口の奥からカズマがゆったりと歩いてきた。
「思えば彼のこれまでの道のりは過酷なものでありました。流れとしてこの世界に現れ、闘技場で剣闘奴隷として魔獣との戦いを強いられる日々を送りました。最強の敵を倒し自由を手にした二年前。次なる舞台は王都のど真ん中。身を削る激闘を演じ辿り着いた最後の大舞台。自由を手にした戦士が次に狙うはプロレスの頂き。最強の証であるチャンピオンベルト!俺が取らずして誰が取る!闘技場の時代を終わらせ新たな時代を作ったこの男。今新たな時代を、そして伝説を作る。彼は誰だ!革命児にして先駆者にして伝道者!バンドーカズマ!堂々の入場であります!」
カズマはリングに向かって歩いていく。大観衆はそれを大歓声で迎えた。
「「カーズーマ!カーズーマ!カーズーマ!」」
会場全体がカズマコールに包まれた。カズマの人気は圧倒的である。
颯爽とリングに上がりポストの上で手を挙げるとそれに大観衆は歓声で応える。カズマはこの会場の空気を完全に支配していた。
カズマが降りるとカズマの入場曲が止み、会場は突如赤く照らされた。
ボルガンの入場曲「ボルケーノ」が流れると観衆はまた声を上げてボルガンを迎えた。
入場口の側で炎が吹き上がる。入場口から大きな陰がゆったりと歩いて来た。
「予選、本戦と圧倒的な力で他を蹂躙して来た破壊の権化。誰も寄せ付けず信じられるのは己が最強の力のみ。しかし二年前、激闘の末彼に唯一土を付けた男がいた。闘技場の頂点に君臨した男の初めての敗北。そして果たされることのなかった二人の約束!勝ち逃げは許さない!倒すべき相手はプロレスの頂を目指す男、再戦するなら登るしかなかったこのプロレスの頂を!そして遂に辿り着いた一つの頂きに二人の男!後は拳で語り合うだけだ!今こそ最強の証明をしてみろ!破壊神ボルガン!」
ボルガンはゆったりリングに向かって歩い行く。その顔は笑っておりこれから始まる戦いに心躍らせていた。
ボルガンはカズマが消えた瞬間に立ち会っていた。流れだとは聞いていたが消えるとは思わなかった。
初めての敗北したにも関わらず次の戦いを楽しみにしていた。ボルガンはカズマがいつから帰ると信じ旅に出てた。カズマとやったプロレスを試しながら強者に会いに行ったが満たされる事は無かった。
そんな満たされぬ旅を続けて二年が経った頃、旅先でカズマが帰ってきたと知った。運悪く闘技場から遠く離れた場所にいたので情報が入るのが遅く直ぐに駆け付ける事ができなかった。
王都まで来るとプロレスの大会が開催されると知った。カズマはその大会に参加しており、再戦するならボルガンも参加するのが一番手っ取り早かった。
ボルガンは大会を思いの外楽しんでいた。予選会こそつまらなかったが本戦では心沸き立つ事が多かった。
ベアルと戦い、カズマと戦った時を思い出した。久々に技と技の応酬を繰り広げてカズマと戦う楽しさを思いだした。
エルロンと戦い、カズマ以外にもこんな自分に本気でぶつかってくる奴がいるのだと分かり嬉しくなった。
バンカーと戦い、久々に本気を出した。バンカーの打撃を貰う度に心と身体が湧き立ち、戦いを実感できた。
ボルガンはリングに上がりカズマと向き合った。カズマを睨み付けているがその目は笑っており、これから始まる二年越しの再戦に身体がウズウズしていた。
――なあカズマ、お前は何をしてくれる?
ボルガンの指先は何度も小刻みに握っては開いてを繰り返していた。
「両者臨戦態勢!王国最強はたった一人!最後に立っている男だけ!最強の証明を見せてくれ!大会四日目決勝戦!バンドーカズマ対ボルガン!試合開始です!」
マネッティアの合図と共にゴングが鳴り響いた。もう試合は止まらない。
カズマは腰を少し下げて両手を前へ突き出し構えた。ボルガンもまた似たような構えをして相手の出方を伺っている。
「さあ!始まった!始まってしまった!後のない一本勝負!最強の称号か!名もなき敗者か!運命は二人の男に委ねられた!」
最初に動き出したのはカズマであった。ボルガンの手首を掴むと捻り上げてボルガンの背後に回った。
「まずはカズマのリストロック、関節を極めていく!」
ボルガンはカズマのリストロックを力任せに腕を振って外した。カズマの身体は回転してリングに倒れ込んだが、今度はボルガンの足に両足を引っ掛けてボルガンを転ばした。
ボルガンが転ぶとカズマはすかさずボルガンの足首を持って極めた。
「続いてアンクルロック!執拗に関節を攻めていく!」
「これはボルガン選手の関節を削っていく作戦ですね。万全な状態のボルガン選手の打撃は脅威ですから」
ボルガンは倒れながらもカズマを蹴り続けるがカズマは足首を離そうとしない。ボルガンが必死に転がって外そうとしても、カズマはそれに合わせて転がりアンクルロックを極め続けた。
「ぐっ!しつけぇ!」
ボルガンの強烈な蹴りがカズマの腹を捉えると、遂にカズマは足首を離した。
立ち上がったボルガンは腕を横に伸ばして構えてカズマ目掛けて突っ込んで行った。カズマはその腕の下を潜り抜けボルガンの背後に回った。そしてロープの反動を利用してボルガンの背中にドロップキックを叩き込んだ。
「カズマのドロップキック!ボルガンを手玉に取っております!カズマの動きにボルガンはついてこれません!」
「流石カズマ選手。確かな技術でボルガン選手を翻弄していますね」
ボルガンは振り返りカズマを睨みまたもや走り出した。カズマはボルガンと反対方向に走りサードロープに飛び乗った。そして反動をつけて飛び上がりエルボーの構えをしてボルガンに突っ込んで行った。
しかしボルガンにその技は通用しない。飛んできたカズマを両手で掴むとカズマの勢いを利用して回転するようにリングにカズマを叩きつけた。
「カウンターのパワースラム!カズマを軽々と持ち上げてリングに叩きつけた!凄まじい音が響いてくる!」
「一瞬で形勢が逆転しましたね。ボルガン選手の一撃は相当重いですよ」
ボルガンは倒れたカズマの首を右手で掴み持ち上げた。カズマの足はリングから離れてぶらりとぶら下がっている。
「これはチョークスラムか!ボルガン、大技を叩き込むか!」
持ち上げられたカズマはボルガンの右手首を掴むと宙に浮いたままネックロックを極めた。
流石のボルガンも手首を極められた状態でカズマを持ち上げる事は不可能であり、カズマの首を離してしまった。
カズマがリングに着地するとすかさずボルガンの後ろに回り込み、ボルガンの背中から腹に腕を回して抱えこんだ。カズマは思い切り体を反らしてボルガンを脳天からリングに叩きつけた。
「ジャーマンスープレックス!流れる様な動きから!渾身のジャーマン!全ての体重がボルガンの首にのしかかる!力も技術も一級品!これがカズマだ!」
「凄いですね、カズマ選手。やはりこの技の完成度が他の選手と……嘘……」
サルビアの解説が止まった。会場からも歓声が止んだ。皆が見ているのは脳天から落とされた筈のボルガンであった。
そのボルガンが何事も無く立ってカズマを見ていた。
「た、立っているだと!ボルガンが立っている!完璧に決まったジャーマンスープレックスがまるで効いていない!何事も無く立っている!まさに怪物!」
ボルガンはカズマの後ろから腕を腰に回してガッチリと掴んだ。それは先程カズマが行ったジャーマンスープレックスの体勢である。
ボルガンの太い腕が力を込めたことにより更に太くなる。力任せにカズマを持ち上げて後方に投げ飛ばした。
宙に投げられたカズマはトップロープを超えてリングの外に落下していき、大きな音を立てて地面に激突した。
「投げっぱなしジャーマン!とんでもない飛距離!カズマの技術をボルガンの暴力が蹂躙していく!」
「ジャーマンであんなに人って飛ぶんですか?!今まで見たことありません!それよりカズマ選手は無事なんでしょうか!頭から落ちましたよ!」
カズマはリングの下で膝に手をつきながらエプロンサイドを支えにしながら立ち上がった。直ぐにリング上を見たがそこにはボルガンの姿は無かった。
カズマが見上げるとボルガンの両足の足底が見えた。ボルガンの巨体がカズマの上から降ってきたのだ。
「ボルガンのミサイルキック!休む間も与えぬ波状攻撃!その巨体から繰り出されるミサイルキックは危険極まりない!」
「カズマ選手は完全に顔面で受けてしまいましたね。まさかここまで早く仕掛けるとは想像してなかったのでしょう」
ボルガンはリングの下に降りるとカズマを殴る蹴るの攻勢に出た。カズマは覚束ない足取りながらもボルガンの蹴りを受け止めてその場で回転した。
「ドラゴンスクリューだ!ボルガンの顔面がエプロンサイドに叩きつけられた!カズマもえげつない攻撃!やっていいのかそんなこと!」
「だけどボルガン選手直ぐに立て直しました!」
ボルガンのラリアットがカズマを襲う。喉元に叩きつけられたラリアットにカズマはなす術なくリング下で倒れてしまった。
「ボルガンの強烈なラリアット!至近距離でもお構いなしのとんでもない威力!」
「そろそろ場外カウントが危ないですよ」
ボルガンは倒れるカズマを持ち上げ、ファイヤーマンキャリーの状態で肩にのせた。そのままエプロンに上がり、そしてロープに足を掛けてポストの上へと上った。
ボルガンはポストの上でリングを背にして観客席を見ている。
「ボルガン一体何をするつもりだ!そこはポストの天辺!危険地帯!カズマ絶体絶命!」
マネッティアの実況が終わるや否やボルガンはカズマを下にしてリングに倒れた。
カズマは背中からリングに衝突し上からはボルガンの巨体がのしかかる。
「雪崩式バックドロップ!ボルガンの全体重がカズマにのしかかる!リングとボルガンの挟み撃ち!」
「これは完全にボルガン選手に流れが向きましたね。このままではカズマ選手まずいですよ」
ボルガンは普段ではそんな事は絶対しないがカズマとの試合に興奮していたのであろう、カズマを離すとトップロープへと上り観客席に向かって吠えた。
「ぐおおおおぉぉぉぉぉ!!」
野獣の様なその雄叫びは会場を熱狂させた。まるでこの場で最強なのは自分なのだと誇示するかの様であった。
ボルガンはひとしきり叫ぶと後ろを振り返った。
「そんなんで終わるわけねーよなぁ?」
ボルガンが言い放った先にはカズマが立っていた。ボルガンのバックドロップをモロに受けたカズマだがまだ諦めてはいなかった。
ボルガンがポストから降りカズマに向かって走り出すと同時にカズマもまたボルガンに向かって走り出した。
ボルガンは腕を横に構えてカズマに突っ込んでいく。ボルガンのはち切れんばかりの筋肉によるラリアットである。
そんな凶悪なラリアットをカズマは屈んでかわしてボルガンの懐に目掛けて突っ込んでいた。
両者が衝突したことによりリングに衝撃が走る。リング中央で両者は止まった。
そう誰もが思った瞬間、ボルガンの両足がリングから離れた。
「うおおおおおおおおぉぉぉぉ!!」
カズマが叫ぶとボルガンの腹を抱えたまま持ち上げてそのまま直進していく。その先には先程ボルガンが上っていたポストがある。
そのポストに向かってカズマはボルガンを抱えたまま突っ込んで行った。ボルガンの背中がポストに衝突するとポストは大きく揺れ、激しい音が響いた。
カズマの攻勢は止まらない。背中にポストが密着しているボルガンに向かってエルボースマッシュを放った。
「エルボースマッシュ!!一発!二発!三発!逃げ場のないボルガンに渾身のエルボースマッシュ!放つたびにポストが揺れる!」
「カズマ選手のエルボーは強烈ですからね。それを固定されてもらうとかなりのダメージがあるはずです」
カズマはエルボースマッシュを連打すると後ろに下がりボルガンと距離を空けた。そしてボルガンに向かって走り出した。リングを蹴り上げて宙を飛び両膝をボルガンの腹に突き立てた。
「ダブルニーストライク!!またもや逃げ場は無い!ボルガンの腹に膝がめり込む!体が軋む!」
「これも強烈ですね。流石のボルガンもこれは効いたでしょう」
ボルガンの口からは大量の唾液が飛ぶ。ボルガンの頭が大きく下がった。それだけカズマのダブルニーストライクはボルガンにダメージを与えたのだ。
カズマはまた後ろに下がり今度は腕を横に伸ばしてボルガンに向かって突っ込んでいった。カズマ渾身のラリアットをボルガンに叩き込むつもりだ。
カズマが走り込んだ瞬間、ボルガンは顔を上げて動き出し、その大きな右足をカズマの顔面へと叩き込んだ。
「カウンターのフロントハイキック!あの猛攻を耐え抜きボルガンのカウンターが炸裂!完璧にカズマの顔面を捉えた!」
カズマは膝から崩れ落ちた。一瞬の事だがカズマは直ぐに理解した。
――やばい……脳が揺れた……立てね……え
カズマは歪む視界の中、目の前にボルガンが立っている事がかろうじて理解できた。
――まずい……!!
ボルガンはカズマの背中から抱えて逆さ吊りで持ち上げた。
「この構えは!やるのか!ボルガン!」
マネッティアが興奮気味に実況する。
ボルガンはカズマを思い切りリングに叩きつけた。
「パワーボムだ!リングが揺れるほどの強烈な力任せのパワーボム!」
ボルガンはカズマを離そうとしない。リングに叩きつけたカズマをまた頭上高く持ち上げ、そしてリングに叩きつけた。
――受け身が……取れない……意識が……
カズマの視界が暗くなっていく。
「もう一度パワーボム!更にもう一発!これで三発目!四発!五発!六発!」
ここでようやくボルガンはカズマから手を離した。流石のボルガンも肩で息をしている。そして上空に向かって獣の様に吠えた。
「ぐおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」
その咆哮に負けない様にマネッティアは実況を続ける。
「計六回の理不尽なパワーボム!まさに破壊神!圧倒的な暴力がリングを揺らしカズマを蹂躙していく!カズマが動きません!腕も足も力無くリングに投げ出されている!立たない!動かない!決着です!最強位決定戦!決勝戦!数多の選手を打ち破り、その栄光を手にしたのは!はか……」
「何やってんだよ!カズマ!!」
マネッティアが勝者を宣言しようとした時何者が実況席に乱入しマネッティアの声を遮った。
「ちょっ!ストロンガーさん!何を!して……」
乱入して来たのは観客席で観戦していたストロンガーであった。マネッティアは必死で抵抗しているが鍛えているストロンガーに敵うはずなく呆気なく押し返されている。
「テメー何寝てやがる!テメーが始めたプロレスだろ!テメーが勝たないでどうすんだよ!」
実況席で好き勝手にストロンガーが騒ぎたてている。警備の人間がストロンガーを数人掛かりで取り押さえ、実況席から引き剥がそうとしている。それでもストロンガーは必死に実況席に喰らいつきカズマに檄を飛ばした。
「立てよ!立つんだよ!立ってさっさとボルガンを倒せよ!二年前の闘技場で俺は見たからな!できねーなんて言わねえーよな!うお!邪魔だバンカー!カズマ!立てよ!ほら!」
ストロンガーはバンカーに抱えられて連れてかれてしまった。
「大変失礼しました。ストロンガー選手は連れていかれました。それでは改めて……え?」
ようやく実況に戻ろうとマネッティアがリングを見るとそこでも問題が起こっていた。入場口でエルロン、ベアル、バフェットが警備に押さえつけられていた。
「カズマさん立ってください!」エルロンが叫ぶ。
「カズマ!何をしとる!早く立たんかい!」ベアルが叫ぶ。
「なにをしているんですか!貴方が負けてどうするんですか!」バフェットが叫ぶ。
ヘルウォーリアーズのメンバーがカズマに向かって叫び続けている。それを抑えようと多くの警備が三人を羽交締めにしている。
そんな中エルロンだけがスルリと抜け出してリング向かって走って行った。
エルロンはリング下に着くとエプロンはバンバンと叩いてカズマに向かって叫んだ。
「カズマさん!立ってください!カズマさん!」
エルロンの叫びは会場に届いた。会場からカズマを応援する声が響き渡る。
「カズマ!立て!」「起きてくれ!」「カズマー!カズマー!」
そんな中でマネッティアは必死に実況する。
「これは!実況出来ません!何というかカズマコール!」
しかしマネッティアの実況は簡単に掻き消されてしまった。
そんな状況をボルガンはリングの上から見ていた。
「こりゃすげーな……」
ボルガンがそう呟きカズマを見た。
「それで?オメーはどうすんだ?」
ボルガンが倒れているカズマに語りかけるとカズマの力無く開かれていた手が力強く握られた。
「カズマさん!」
エルロンは歓喜の声を上げた。
カズマはリングに手を着き、膝をつき、ゆっくりと立ち上がった。会場からも大歓声が上がる。
「何と立ち上がりました!カズマの闘志は燃え尽きていない!」
フラフラになりながらもカズマはボルガンを前に立った。
「すまんな……せっかくお前が勝てたのに」
「まだやれるんだろ?ならいいさ」
カズマの謝罪をボルガンは笑って受け入れた。エルロンは嬉し泣きしながら警備に引き摺られて退場させられている。
「詫びと言っちゃなんだが一発くれよ」
カズマはそう言うと自分の首を指差した。
「じゃあ遠慮なく」
ボルガンは言うや否やカズマの首に目掛けてエルボーを叩き込んだ。カズマはそれを受けるとボルガンを睨みつけた。
「そんなもんじゃ無いだろ!本気でやれや!」
カズマはボルガンの首に目掛けてエルボーを叩き込んだ。そのエルボーにボルガンはふらつく。
ボルガンがリングを踏み締めカズマに向き直りエルボーを放った。
ボルガンがエルボーをすればカズマがそれを返す。両者のエルボー合戦が始まった。
「エルボー!エルボー!エルボー!両者フラフラになりながらもエルボーの応酬!魂のぶつかり合い!言葉にならない咆哮!闘志の炎に焚べるのは勝利への渇望と男の意地!筋肉が軋む!汗が飛ぶ!限界は近い!直ぐそこだ!ただ倒れる訳にはいかない!何故なら奴が倒れないから!目の前で奴が立ち続けるから!終わってたまるか!負けてたまるか!勝つのは俺だ!俺だけだ!」
ボルガンがふらつきながらも渾身のエルボーをカズマにぶちかました。それを受けたカズマは大きく足が崩れる。膝を着きそうになる。しかしリングを思い切り踏み付けギリギリのところで耐えた。
カズマからボルガンへのエルボーは残り少ない体力を限界まで絞り出した会心の一撃であった。
――重え……コイツのエルボーは何でこんなに響くんだ……
それを受けたボルガンの体勢は大きく崩れた。しかしまだ倒れない。最早ボルガンの腕は上がらない程疲労が蓄積されていた。
それでもボルガンは攻撃をやめない。腕が動かないならとボルガンは思い切り頭を振りカズマの額に己の頭を打ちつけた。ボルガンの凶悪なヘッドバットである。
カズマの体が頭から大きく後ろにのけ反った。おそらくここで倒れたら二度と起き上がれない事とカズマは分かっていた。
カズマは大きくのけ反りながらも決して倒れず体勢と戻す勢いを使ってボルガンの額にヘッドバットをかました。
ボルガンの体も大きくのけ反るが倒れない。ボルガンの片足が大きく上がるがそれでも倒れない。無理矢理体勢を戻し、その反動で上がった足でカズマを蹴っ飛ばした。
カズマの体が後ろに盛大に吹っ飛ばされた。その動きに力は感じられない。ただ力無く体が後退していく。
勝負は決した。この場がリング上でなければ。
カズマの体はロープにぶつかった。ロープは弓の様に張りカズマを支えた。ロープの反動によりカズマはボルガンに向かって飛び出した。
カズマは腕を横に伸ばしてボルガンに向かって走っていく。ボルガンはそれを避ける事も防ぐ事も出来ない。
カズマのラリアットがボルガンの首を捉えた。ボルガンは耐える事は出来なかった。そんな力は残されていない。最後の一撃を貰ったボルガンはリングに叩きつけられた。
カズマはそのまま走り切り向かいのロープまで辿り着いた。カズマはロープにしがみつき倒れぬ様体を支えている。
ボルガンはリングに大の字で倒れている。最早動く体力も気力もない。荒く息をするボルガンが呟いた。
「動けねぇ……俺の負けだ……チャンピオン……」
両者を見守り静まり返った会場にボルガンの微かな声が確かに聞こえた。その声はマネッティアにも確かに聞こえていた。
「今ボルガンが言った事は……まさか!まさか!いや確かに聞こえた!ボルガンは起き上がらない!この死闘を制したのはカズマ!バンドーカズマ!」
会場に試合終了のゴングが響き渡る。会場が歓声に包まれる。
カズマはロープから手を離して空に向かって叫んだ。そしてそのまま仰向けに倒れてしまった。カズマも勿論満身創痍である。
仰向けに倒れるカズマとボルガンは誰にも聞こえない二人だけの話をした。
「カズマ……やっぱりすげえなお前は……」
「いや、本当ならそっちが勝ってた……悪いな」
「俺はお前とやりたかっただけだ……勝ちもチャンピオンも興味は無い……」
「そうか……」
「楽しかったぜ、ありがとな」
「こっちこそ……いい試合だった……ただしばらくはお前とはやらない」
「はっは、そう言うなと言いたいとこだが……俺もだ……流石の俺もしんどかったぜ」
二人は笑いながら談笑した。リング下にはエルロン、ベアル、バフェットが駆け寄って来ている。
「すまん、手を貸してくれ……立てない」
カズマは言われたエルロンはカズマに肩を貸して立たせた。エルロンに支えられる様に立ったカズマの横ではベアルとバフェットがボルガンを支えて立たせていた。
二人が支えながら立つとボルガンはカズマのぶら下がった手の手首を掴み上に突き上げた。勝者への労いである。
その光景に会場から拍手と歓声が沸き起こり、誰しもが素晴らしき激闘を演じた二人に惜しみない賞賛を送った。
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