(ATMのシャッターが閉まる音)

鴻 黑挐(おおとり くろな)

(ATMのシャッターが閉まる音)

 牧村まきむらには三分以内にやらなければならない事があった。

 通帳に記帳し、現金を引き出し、ATMコーナーを出る。二分足らずで終わる事のはずの動作だった。

『まもなく、ATMを閉鎖へいさします』

アナウンスと共に、シャッターがゆか銀枠ぎんわくにピタリと着地した。

「あ、ああ……」

なけなしの給料きゅうりょうと通帳を片手につかんだまま、牧村は溜息ためいきともうったえともつかない声をらした。振り向いた牧村が伸ばした手の先で、防犯用のシャッターが厳格げんかくに閉ざされていた。


 牧村には生来せいらい空想癖くうそうへきがあった。彼の思考領域しこうりょういきはしばしばくだらない空想に支配され、肉体は処理しょりが完了するまでの数分間フリーズする。その厄介やっかいな空想が、無慈悲むじひにも彼を――ATMの終了時間ギリギリにすべり込んだ牧村をおそった。

 その結果が、このザマだ。

「え、えっと」

牧村は財布さいふ紙幣しへいと通帳をしまい、流れるような手付きでスマホを取り出した。

 防犯シャッターにレンズを向け、カメラのシャッターを切り、SNSを起動。

『ATMに閉じ込められて今これ』

撮影した画像に珍妙ちんみょうな動きをする男性の動画を添えて投稿とうこうする。

「ふふっ」

投稿に寄せられるであろう反応への期待に、牧村の鼻から笑いがれる。その音が物言わぬATMに反響はんきょうする。

「……はぁ」

牧村はへたり込んだ。今やるべき事は管理会社への連絡れんらくで、こんなくだらない投稿では無い。その事は牧村も重々じゅうじゅう承知しょうちの上だ。

 しかし牧村は電話を含む、リアルタイムコミュニケーションをこよなくきらっていた。空想に支配されている時の牧村は対面では『ろくに人の話を聞かないクズ』であり、オンライン上では『貢献こうけんしないクソ遅延ちえん野郎』だ。

 ロック画面が通知で埋まっていく。全て先程さきほどの投稿への反応だ。

(ああ、ここから出たくないな)

SNSはターン制コミュニケーションだ。予期よきせぬ硬直こうちょくを抱える牧村には、現状こそが最良に思えた。

 シャッターが開く。

「大丈夫ですか?」

警備員けいびいんが牧村を見下ろす。牧村はぎこちない愛想笑いでそれに応えた。

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(ATMのシャッターが閉まる音) 鴻 黑挐(おおとり くろな) @O-torikurona

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