ゾンビパニックVSバッファロー

執事

バッファロー

 カルフォルニア州に住むアムネスには三分以内にやらなければ行けない事があった。

 そのやらなければ行けない事とは、自害するかしないかの判断である。

 机には銃弾が装填されたピストルが置かれていて、安全装置は既に外されている。


「ゾンビになるか、潔くここで頭撃ち抜くか……」


 言葉通り、アムネスは究極の決断を迫られていた。

 何処ぞの製薬会社の陰謀だか暴走だかでゾンビが蔓延る事になったこの終末世界に於いては、もはや満足な死など望めやしない。

 ならば少しでもマシな方をと、都会だった場所に聳え立つビルに籠城しているアムネスは考えていた。

 この世界が地獄に変わってから一月、階段をデスクや棚で塞いでから一週間、備蓄されていた食料で凌ぐのにも限界が来ていた。 

 幸いゾンビにバリケードを突破するほどの知能は無いが、食う物が無ければ引きこもりもやってられない。


「三分で決めるか……五分のカップ麺の方が良かったかな」


 壊れかけの小型発電機を使って温めたお湯をカップ麺に入れたところで、またもやアムネスは怖気付いてしまっていた。

 食える物といえばもうこの熱湯三分のカップヌードルだけ、だからこそアムネスはこの三分の間に選択を終わらせようと考えていた。

 

「ははっ、何言ってんだよ俺は。今までも何回も決断を先送りにしたから、後がないんだろ。今度こそこの三分で決めるって決めたのに」


 自害を決断する機会は今まで何度もあった。

 共に籠城していた同居人が状況に耐えられなくなり飛び降りた時、同居人だったそれがゾンビとなって徘徊しているのを窓から見た時、唯一の情報源であるラジオから遠い祖国の滅亡というニュースが飛び込んできた時、数えきれない程あった。

 その全てで『まだなんとかなるかもしれない』と思い、そして今最後の食糧を食べようとしている。

 これが最後のチャンスなのだ、自分の意思で終わりを決められるラストチャンス。


『トゥットゥルー、元気にしてるか非感染者ども!今日はすげぇ情報が飛び込んできたぜ!なんでも世界中でバッファローが全てを破壊しながらバクシンしてるって情報さ!ビルもゾンビも何もかもを!ぶち壊すバッファロー!嘘だと思うだろ?だが俺も実際この目で───プツッ』


「ついに頭がおかしくなったか……」


 電源ボタンを押しながらアムネスはため息を吐く。

 この終末世界で彼が生き抜いてこれた理由の一つがこのラジオだ。

 ゾンビの情報やその他生きるために役に立つ知識を、ガーグル検索すら出来なくなった世界で俺たちに教えてくれるチャンネル、だがとうとう狂ってしまったらしい

 まぁ無理もない、こんな世界で狂うなという方が無理な話だ。

 アムネス自身も自分が狂ってないと信じたいが、ピストル自殺するかしないかなんて悩んでる野郎の頭がマトモとは断言しにくい。

 それにしてもバッファロー?幻覚を見るにしてももっとマシなのがあるんじゃ無いか?それこそグラマスなお姉ちゃんとか、なんて事を考えながらアナログ時計を見ると後一分半でカップヌードルが出来上がってしまう程時間が過ぎていた。

 慌てて思考を巡らす。


 自害するメリットはゾンビに成り果てず、絶命のタイミングを自分で決められる事、頭さえ潰せば人のまま逝ける。

 対してこのまま下に降りてゾンビになるメリットは殆どない、自分で引き金を引かずに済む事くらいしかない。

 意識がなくなるだろうとはいえ、永遠に母なる大地を不浄の身で彷徨い続けるというデメリットも付随してくる。ずっと

 ずっと閉じ籠って飢え死になんてもってのほか、とにかく苦しみたくないんだ。

 総合的に見れば自殺が最もいい、それは理解している。

 ただ、勇気がないだけで。

 時計の針が動く音がする、時間だけが過ぎていく。


「死にたくない、死にたくないなぁ……」


  結局何も決められないままカップヌードルを食べながら、アムネスは窓から外を眺めていた。

 ここは地上七階、外の様子が良く見える。

 どこを見てもゾンビゾンビゾンビ、文字通り腐り果てても元は世界有数の経済都市だという事だ。

 その時、彼はそれを見た。

 全てを蹂躙する暴力を、剛毅なる進行を、軍隊の如し群れを。

 バッファローを、彼は見た。


「なんだ、あれ……」

 

 平然と呟けたのはそれが最後だった。

 それが都市に齎したのは、絶対なる破壊。

 ビルを薙ぎ倒し、ゾンビを踏み殺し、都市を両断していった。

 バッファローの進行経路から少し離れたところのビルにいたため無事だったアムネスは、急いで再びラジオをつけた。

 先程の放送が嘘ではなく、真実であると心から理解できたからだ。

 実際のところ、アムネスには何が起こったのかあまり理解できていない。

 バッファローが都市を破壊したというのは文字としては理解できるのだが、内容としてはあまり咀嚼しきれてない。

 だがそれでもあの圧倒的光景は、細かな説明は無しにアムネスの心にそれが事実であり現実だと刻みつけた。


「ああくそっ、なんでつかないんだよ!」

 

 そう言いながらも、アムネスは直感的にその理由を理解していた。

 あれが、あのバッファローの群れが壊したのだと。

 電波塔もラジオ基地も何もかも、あのバッファローが壊したのだと。

 さっきのラジオで言ってたみたいに、世界中であのバッファローが全てを壊しているのだと。

 理屈じゃなかった、ただそれでも理解していた。

 アメリカでは珍しい無神論者であるアムネスは、この日神を見た。

 徘徊するゾンビによる終末的世界の閉塞は、圧倒的暴力によって破られた。


「あぁ、もう来たんだ」


 見れば、窓の向こうの遥か向こうにその群れはいた。

 それは明らかにこのビルを経路にしているし、このままここにいれば倒壊したビルに巻き込まれて死ぬだろう。

 だからこそ、アムネスは走った。

 驚異的スピードで迫り来るバッファローがビルまで五十メートルの位置に来たかというところで、アムネスは窓を突き破り空中に飛び出た。


「どうせなら……どうせなら!ゾンビなんかじゃねぇ!あんな天災みたいな!カミサマみたいな……!」


 結局のところそれは逃避だったのだろう。

 全てに悩まされる最悪の状況で、その暴力はある意味清々しかった。

 だからこそ、それに縋った。

 暴力の神バッファローへとその身を投げ出した。

 生きようとする事なんて微塵も考えず、とうに諦めて、彼はバッファローの群れに上から突っ込んだ。 

 同じくこの世界で生きようとする者からすれば、彼の死に様はみっともなく映っただろう。

 だが、彼は最後に笑って逝った。

 全てを破壊しながら突き進む天災のようなバッファローの群れに、自分を苦しめたゾンビを蹂躙するそれに、神を見出したのだ。

 終わりの近い世界で、それでも笑って逝けたのなら、それがどんな死に方でもきっと───

 


  

 

 


 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ゾンビパニックVSバッファロー 執事 @anonymouschildren

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ