地球の運命はこの手の中に

鮊鼓

第1話

 俺には三分以内にやらなければならないことがあった。そう……、あったのだ。



 今から三日前。爆発すれば地球を軽く吹き飛ばせるほどの威力を持つ爆弾が積まれた宇宙船に乗った俺は、地球に迫りくる巨大な隕石を木っ端みじんにするという任務をまかされ、ひとり宇宙へと飛び立った。この隕石が直撃したらおそらく人類の半数は生き残れないだろうというのが、専門家の見解だった。

 こんな任務、誰も受けない受けないと思っていたし、俺も受けるつもりなんてさらさらなかった。当たり前だ。誰が好き好んで世界のために犠牲になるもんか。

 気が変わったのは一ヶ月ほど前、生きがいともいえる妻を亡くしたからだ。いや、殺されたのだ。



―――――


 約二年の任務を終え、しばらくぶりの家路に就いた。路地を抜けた先に家がある…はずなのだが、ない。ない。ない。我が家があった場所から奥には何もない。見渡す限りの土がむき出しになった地面。まるであちらとこちらでは世界が異なるような、そんな異質な風景。ここに我が家があった証明は、かろうじてこちら側にあることを許されたこだわりのポストのみだった。唖然とした。と同時に妻の心配をした。何故このようなことになっているのかはわからないが妻は無事なのだろうか。慌てて電話をかける。「おかけになった電話は電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません」くそっ。携帯を地面に投げつけたその瞬間、いつの間にか俺の横に来ていたおじいさんに声をかけられた。確かはす向かいの家に住んでいたはずだ。この辺りでは有名だったから一方的に知っている。


「お前さんはここに住んでおったのかい?」

「ああそうだ。これはいったい何だ。どうして俺の家が、俺の家はおろかこの先一帯なにもないんだ!」


 俺は怒鳴った。おじいさんは悪くない。ただ、焦り、困惑、心配、諸々が混ざりあったこの感情をぶつけずにはいられなかった。おじいさんは淡々と答える。


「全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがここを通ったのだよ。あれはあっという間のことだった。家の明かりはついておったからの、奥さんは家にいたはずだ。一瞬過ぎて逃げる暇もなかったわい。地響きが聞こえてきた次の瞬間にはバッファローが目の前を通り過ぎていった。あれじゃあ生き残れない。」

「……は?」

「信じられないか、うん、儂も目を疑ったさ。だがこれが真実で、お前さんの奥さんはもういない。よく見るんだ、この大量の足跡が全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れがここを通った何よりの証拠なんだ。」


 地面に残された無数の足跡を見てしまった俺は、もう信じるしかなかった。愛する妻はもういない。バッファローに殺されたのだ。全てを破壊しながら突き進むバッファローの群れに。その時に、俺は生きる意味を見失った。


――――



 そういうわけで、宇宙に来た俺は誰もいない宇宙船で来る日を待っていた。船が軌道に乗り隕石との衝突まで六時間と迫ったとき、急に眠気が襲ってきた。それもそのはず、様々な準備で全く寝れていなかったのだから。仕方ないから仮眠を取ろう。そう思って寝た。

 しばらくして起きると周りが騒がしい。なぜだ?ああ、地上からの交信か。そろそろ時間が迫ってきたのかと思い目を開ける。時計を見ると何故か衝突予定時刻の三分前だ。寝過ごしてしまったらしい。だからうるさかったのだ。三分以内にやらなければならないこと、それは地球を救うことだった。

 寝ていたせいで、当初の予定よりも距離がある。距離はあるが、間に合わない距離ではない。急いで調整を行う。その間も、地上からのうるさい通信は途絶えない。ふと耳を傾けてみると、これから地球を救うヒーローになろうかという俺にむけた罵詈雑言が飛んでいることに気が付く。


「早くしろ!」

「お前に七十二億人の命がかかっているのをわかっているのか!」

「何のんきに寝てやがる!」

「お前には責任感というものがないのか、カス野郎!」


 挙げればきりがないほどの罵詈雑言にふとあることに思い当たる。俺にはもう生きる理由はないが、こんな恩知らず達を生かす理由もないのではないか。こう思ってしまったが最後、すべてが馬鹿らしくなり、やらなければならないことを投げ出してしまうことにした。人間なんて生きていても仕方がない。これも運命なのだから。半分は生き残るのだろうが、俺は地球に帰るつもりはない。だからどうなろうと知ったこっちゃない。

 起きてから三分後、眼前を通り過ぎる隕石を見送り、最後に地球を目に焼き付けようと視線を向ける。地上からは、先ほどとは比べものにならないほどの酷い言葉が飛んできている。それは当然のことだ。だが俺は静かに地球の最期を見届けたいので通信を切った。船内が静かになる。衝突までまだ時間はあるのでせっかくだし外で見るのもありだと思い、宇宙服を着て船外に出てみる。体を船に固定しておくためのロープを外して宇宙を漂ってみるのもありかもしれない、などと考えているとその時は来た。隕石が衝突する。専門家の見解は大きく外れていたみたいだ。最終的に、木っ端みじんになったのは隕石と俺ではなく、地球の方だった。大爆発にもかかわらず、音は聞こえない。宇宙は静かだ。



 宇宙の塵となりゆく地球。ああ美しい。

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地球の運命はこの手の中に 鮊鼓 @eruko

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