【KAC20241】俺には3分以内やらなければならないことがあった。そう思わず、一人称で書き出したくなるぐらいに、俺の思考は混乱して――

尾岡れき@猫部

俺には3分以内やらなければならないことがあった。そう思わず、一人称で書き出したくなるぐらいに、俺の思考は混乱して――。


 ――俺には3分以内やらなければならないことがあった。

 そう思わず、一人称で書き出したくなるぐらいに、俺の思考は混乱していたんだと思う。


 フリーズしている場合じゃない。

 本当に時間がないのだ。


「……どうしたの?」


 コテンと姫奈ひめなが、首を傾げる。そんな彼女を尻目に、俺はスマートフォンの画面に視線を落とした。


 ――ねぇ今から遊びに行っても良い?

 ――タカちゃん、既読スルーすんなし!


 ――あれ? タカちゃん?

 ――ま、まさか。他の子と一緒とか……そんなコトないよね? ないよね?


 ――タカちゃん? ちょっと、返信してよ?

 ――今から行くよー!


 どうして、ココまで連続送信されたメッセージに気付かなかったんだろう。



 ――タカちゃん、駅についたよ!

 ――あと、もうちょっとで着くからね!


 ――タカちゃん、返事ぐらいくれても良いじゃんか! 無視するなんて酷いよ!

 ――あと3分ぐらいで、着くからね!


 そして冒頭のフリーズした俺に行き着く。

 3分――180秒って、短すぎじゃないだろうか。


「ごめん、姫奈! ちょっと、俺の部屋に隠れていて!」

「……へ?」


 姫奈は目をパチクリさせる。さっきまで2人で楽しくゲームをしていたのに、すっかり台無しだった。


「……タカちゃん、どういうこと?」

「理由は後で説明するから! 少しだけ、俺の部屋に隠れていて!」


「意味わかんないよ! ちゃんと説明してよ!」

「理由は後でちゃんと説明するから! 面倒くさいことになる前に――」


「面倒くさいなんて、タカちゃん、ひどいよ!」

「お願いだって! 今だけ――」


「誰なの?」

「へ?」


 今度は俺が目をパチクリさせる番だった。誰って、できればアイツとは会わせたくなくて――。


「……タカちゃん、ひどいよっ!」

「え?」


 目尻に涙を浮かべる、姫奈に思わず言葉を失なってしまった。あの姫奈さん? え? え?


「……私、本当に勇気を振り絞って、タカちゃんに告白をしたんだよ。もう好きな人がいるんだったら、そう言ってくれたら良いのに!」


「えっと……? 俺が好きなのは姫奈で――」

「そういうの良いからっ!」


 そう言って、姫奈は感情を爆発させる。雫を溢しながら、その目からハイライトが消える。そんな姫奈の視線に背筋が寒くなった。


(これって、もしかして……?)


 俺、二股をかけている男って思われている?

 思考がフリーズして、二の句がつげられなかった。


 ピンポーン。

 ドアチャイムが鳴って――。


「タカちゃん、遊びましょー♪」


 俺の返答を待たずに、招かざる客はルンルンと上がり込んできやがった。


(……終わった)


 ガクリと俺は肩を落とすしかない。


田部たべ君?」

「姫さん?!」


 2人はカチンコチンと固まる。




「えぇぇぇぇぇぇぇぇっ?!」


 姫奈と悪友の声が、綺麗にハモって。

 最後のメッセージを受信してから、ちょうど3分が経過した瞬間だった。







■■■





「タカちゃん! 姫さんと付き合っているのなら言ってよ! 水くさいじゃん!」


 そう言いながら、俺を見てニヤニヤ笑ってくる。絶対、田部はそうやってからかってくると思ったんだ。どうせ、俺と姫奈が釣り合わない。そんなこと、俺が一番分かってる。


 ――付き合っていることは、ナイショにしよう。

 そう言ったのは、俺だった。


 ゲームセンターで偶然、出会った俺たち。かたや、現役ローカルアイドル。一方は、ただのゲームオタク。誰がみても釣り合わないのは、一目瞭然で。


「ねぇねぇ? どっちから告白したの?」

「私からです! タカちゃんが初めてだったんです! 手抜きせずに、向き合ってくれたの。みんな、私だと分かると絶対に手加減するから。真っ直ぐなタカちゃんが、とても嬉しくて――」


 そうはにかみながら、言う。これ、ゲームの話だからね?


 対戦格闘ゲームで、姫奈と知らずにフルボッコにしたら――なぜか、そこから懐かれた。姫奈曰く、手加減しなかったのが良かったらしい。少なくとも、ローカルアイドルをゲーム沼に引きずり込んだのは、俺らしい。


 その姫奈。両目が、まるでウサギのように真っ赤だった。

 安堵した瞬間、決壊したかのように姫奈は泣き続けたせいで。それは本当に申し訳ないと思う。


 ――少しだけ、俺の部屋に隠れていて!

 ――理由は後でちゃんと説明するから! 面倒くさいことになる前に……。


 うん、今から自分の言葉を思い返しても、本当に酷い。これ、浮気が彼女にバレた時の駄目男ダメンズの反応じゃん。でも、彼女ホンメイが田部とか、そっちの方が絶対にイヤすぎる。


「……えっと? これって、姫さんがベタ惚れなヤツ?」


 田部のヤツが目を丸くしている。失敬な、俺の方がベタ惚れだって。


「私ですー」

「いや、俺だよ!」

「私だもん!」

「……本当に姫さん?」


 田部の言いたいことも、よく分かる。普段は凜として、人を寄せつけない。高校生ながら、ローカルアイドルグループ【メイプルサイダー】の一員として、ライブ活動にも精力的で。我が校のみならず、老若男女、多世代が応援していて、ファンが多い。


 そんな姫奈に彼氏がいると知られたら――。

 それこそ彼女の人気が翳らせてしまう。それだけはイヤだと思ってしまう。


「そっかぁ。姫さんの噂の彼氏が、タカちゃんとはねぇ。灯台下暗し、だったよ」

「それは、その……姫奈のためにも、静かに見守ってもらえたら――って、なんだって?」     


 なに、噂の彼氏って?


「あれ、タカちゃんは聞いてないの? 姫さんの【】を?」

「はい?」


 姫はじめチャンネ――る?


(なに、そのネーミング?!)

 つい、むせ込みそうになった。


「タカちゃん、全然アイドルの私に興味をもってくれないんですよー。散々、タカちゃんのこと惚気てるのにねぇ」

「は……?」


「だから、他の女の子に寝取られたって思ったら、落ち込んじゃって。タカちゃん? 私、本当にこの世の終わりってぐらい、悲しかったんだからね?」

「う……それは、その、なんか……ごめん――」

「だったら、ね?」


 ニッコリ、姫奈が微笑んた。そのとびっきりの笑顔に、何故か悪い予感しか漂ってこない。


「一緒に【姫はじめチャンネル】に出演して、ね?」

「は、え?」


 俺が面食らっているのを尻目に、スマートフォンを起動させる。インカメラで俺の肩に頬を寄せる。その姿が本当に愛らしい――ってトリップしている場合じゃなかった。


「三分間、待ってあげるから。ちゃんと、私に好きって言って?」

 俺はただただ、目をまばたかせることしかできなかった。





 ――俺には3分以内やらなければならないことがあった。


 そう思わず、一人称で書き出したくなるぐらいに、俺の思考は混乱していたんだと思う。


 フリーズしている場合じゃない。

 本当に時間がないのだ。


 田部のニヤつく顔も些事と思えるくらい、俺は切羽詰まっていた。










「私はタカちゃんんこのと、大好きだよ」



 姫奈が満面の笑顔でそんなことを囁くの、ちょっとズルい。

 残りあと1分――。

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