あぁ夢オチのバッファローたちよ

園長

第1話

 母さんが夕飯の支度をしているのが音でわかる。


 炊飯器から聞き慣れた電子音のメロディが流れてくる。

 ジュワジュワと油で何かを揚げている音、母さんが歌う音程の外れた鼻歌。


 薄目を開けると、窓から射し込む光が熟れた柿みたいな色をしていた。


 あぁ。そうか。

 どうやら僕はリビングのソファに寝転がったまま寝てしまっていたんだな。

 今日は土曜日で朝から中学にサッカー部の練習に行ってアホみたいな数の走り込みをし、午後からはクラスで流行っているVTuber達のゲーム配信を半ば義務感のようなものを感じながら見ていたんだった。

 

 ぬるぬる動く3Dモデルが右下に映っていて、アニメ声の実況が聞こえてきていた。


 身体を起こした時に外れたイヤホンから、たまに微かな「ぎゃああああああ」とか「なんでアメリカバイソンなんだよ!」とリアクションの声が聞こえてきていた。


 ソファで寝ていたから体中の関節が固まっている気がして、体を起こした僕は腕を上げて思いっきり「うーん」と伸びをした。その時だ。


 もじゃ。

 と、伸ばした手になにかが触れた。


 少し湿っていて生暖かい、硬い毛のような何か。ひげかな?

 でも父さんのひげがこんなに長いわけが無い。

 何かモップとか? そんなもの家にあったっけ?

 

 振り返るとその感触の正体がわかった。

 アメリカバイソンだ、別名バッファロー。確か準絶滅危惧種だったような。


 はて、なんでこんなところにバッファローが?


 ……なるほどね。


「これは、夢だな」


 十何年も生きていればこれが夢なのかそうでないのかなんてはっきりとわかる。

 実況に出てきたバイソンに影響されてるな。

 夢とわかれば話が早い。

 目覚めればいいだけの話だ。


 僕は典型的な対処法として頬をつねってみた。

 しかし痛みも無いし目覚める気配だってない。

 バッファローの毛の感覚は手にしっかりと残ったままだ。

 

「おい兄ちゃん」


 野太い声でバッファローが喋った。


「全て、破壊してしまいたいと思わんか」


 モガモガと口を動かして器用に怖いことを言ってのける。

 夢だからなんでもありだ。


「全てって何?」

「全てとは、君の全てだ」

 

 つまりどういうことだってばよ。

 でもこれは夢だ。

 

 夢の中では何をしてもよいのだ。

 法律も、倫理も、善悪も、知ったことではない。


 それよりも、全部破壊して自分がどうなるのかが知りたかった。

 僕は無責任に言った。

「じゃあとりあえず、破壊したいでーす!」


「よかろう。では私の上に乗るがよい」

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