僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

辻(仮)

800文字!

 僕には三分以内にやらなければならないことがあった。

 自転車をこいで線路沿いの坂道をのぼる。坂の上にはさびれた無人駅があった。停車した電車の出入り口には、クラスメイトたちが揃っている。


「いつでも連絡してね、絶対だよ」

「ありがとう。元気になって帰ってくるから。心配しないで」


 ブレーキをかけると、キイッ、と騒々しい音が鳴りひびいた。時間が惜しい。スタンドを立てずに道の端に放り投げる。

 彼女は、胸元には大きな白とピンクの花束を抱いていた。

 僕は、なにを伝えたらいい。電車の出発まで三分もない。




「手術?」


 一週間前、学校の帰り道にある河川敷で僕は固まった。

 手元で押していた自転車も止まる。


「むずかしい手術でね。アメリカの病院に行くの」


 背を向けながら、彼女は何てこと無さそうに明るく言った。


 手術って、いったい、何の手術だ。

 元気そうに見えるのにどこが悪いんだ。成功率は。いつ帰ってくる。帰ってこれるのか。


 桜の花びらが散っている。来週から春休みの予定だった。

 彼女とはたまに一緒に帰るくらいの関係でしかなくて、僕は何と言えばいいのかわからなかった。口にしたら、何かを壊してしまいそうだった。





 ブレーキの音が響いて、クラスメイトたちは一斉に振り向いた。


「なにやってんだ、ぎりぎりだぞっ!」


 あの日彼女は、何と言ってほしかったんだろう。僕は何を伝えたいんだろう。

 とにかく口を開いた。ぷあーっ、と警笛の音が鳴る。


「――待ってるから!」


 扉がゆっくりとしまっていく。

 彼女は息をのんで、うなずいた。何度もうなずいた。

 唇を震わせて何かを告げる。


「”つくえの なかを みて”」


 僕は咄嗟にうなずきかえした。


 学校へ行って、机の中を探ると、一通の便せんがでてきた。

”自転車を押して一緒に歩いてくれたあなたが、好きでした”

 今日から、春休みが始まる。この手紙は教室で眠るはずだったのだろう。


『あなたと一緒に歩きたかったんです』


 僕はスマホでメッセージを送った。



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僕には三分以内にやらなければならないことがあった。 辻(仮) @spring_fields

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