チートを選ぶ女神様の日常

薄味メロン@実力主義に~3巻発売中

第1話 幸せな転生者

 女神様の秘書である私ーーひつまぶしピン子には、三分以内にやらなければならないことがあった。


 異世界に送る者に、スキルや立場を与える。


 三分以内に!!


 これは、転生の女神様こと“クソ上司”が決めたルールだ。


 延長は不可!

 時間との1本勝負!


「えーっと、あのー? ここは、どこですか?」


 そう言って転生者が部屋に入った瞬間から、キッチリ3分。


 私の背後で微笑む女神様の、無慈悲な時計が進み始める。


「転生する人の子よ。3分で支度なさい」


「……えーっと? 三分?」


 今日のお客様は、女性らしい。


 手元の資料によれば、過労とストレスが原因で、転生に選ばれたらしい。


 彼女を無理矢理つれてきたクソ上司が、女神らしく翼を揺らして微笑む。


「10秒……」


 将棋の秒読みのような、思考を邪魔しない声。


 使えないクソ上司を無視して、私は女性に微笑みかけた。


「あなた様は、転生することになりましたの。前世に未練はありませんわよね?」


「……へ!? 転生!? 未練ですか!?」


「ええ。あなたは、小説やアニメ、漫画みたいに転生します。

ーー三分で」


 これで伝わらないと困る。


 転生の説明からスタートだと、三分じゃムリ! 伝わってください!!


 そう祈る私に向けて、クソ上司の叱責が飛んだ。


「秘書のピン子お嬢様? 口調が乱れてございましてよ?」


「あら、わたくしとしたことが。申し訳ありませんですわー」


 おほほ、ごめんあそばせ。と笑うけど、心の中ではイライラしてる。


 間違ったお嬢様口調なのは、女神様が有名VTuberに憧れたから。


 転生時間が三分の理由は、カップ麺が好きだから。


 本当に、腐ったお職場ですわー!!!!!!


「50秒……」


「こほん。あなた様は、今から転生しますわ」


 お願いします。

 これで伝わってください!


「世界観は、なろう系ですの」


「……えっと、それって、あれですか? 悪役令嬢ーー」


「それですわー!!!!」


 キターー!!!!


 よかったーーーー!!!!!!


 これで、間に合う!!!


 Web系小説の流行! 本当にありがとうございますわーーーー!!!!


「残念ながら、チートは選べませんの。あなた様に似合うスキルをわたくしが選びます。よろしくて?」


「90秒……」


「わっ、わかりました」


 飲み込みが早い!


 この方は、大物になれますわね!!


「ズバリ聞きますわ。好きなタイプは、ありまして?」


「えっと、あの……。委員長系のメガネっ娘が、大好きです」


「……へ?」


 委員長? メガネ?


「いえ、あのーー」


 魔法、剣、生産。

 そう言うタイプですのよ?


 あなた様の性癖は、聞いてませんわー!!!!


 そう続けようとした私の言葉を転生者が遮った。


「“もじもじ地味眼鏡”も“図書室優等生”も大好きです! ですが、やはり私の一番は委員長タイプですね!!」


「いえ、そうではーー」


「両手を腰に当てて、ぷんぷんって感じで怒ってくれる姿がすごくいいんですよ! そこにとびきりの愛を感じます! もちろんお相手の主人公はーー」


 どうしましょう。


 転生者様の語りが止まらなくなりましたわー!!!!


 少々、時代にそぐわない気もしますが、女性ですよね?


「百合?」


「ーーいえ! 推しには触れません! 生まれ変わったら、推しの部屋の壁になりたいです!! 百合ではなく、純愛も普通にいけます! 大好物です!! なので、推しの部屋の壁にしてください!!!!」


 あー、うん。


 はい。


「今のは聞かなかったことにしますわね……」


 “生まれ変わったら~”の話題は厳禁でお願いします。


 夢物語ではなく、本当に生まれ変わったらー、の状態なので。


 壁への転生は手続きが複雑で、3分ではちょっと……。


「150秒……」


「やばっ! ……いですわー!!」


 残り30秒なのに、なにも決まってない!!


 わかったことは、眼鏡の女子が好きなことくらい。


 えーっと、えーっと!


 決めましたわ!!


「立場は、男爵令嬢! 貴族の子女が通う学校がある世界にしますわね~!」


 眼鏡が似合う委員長様は、自分で探してくださいまし!!


「160秒……」


 綺麗で純粋な魂だから、強力なスキルも可。


「170秒、いち、に……」


 あーもー!!


 時間が!!!!!


「ものづくり系のスキルと、忍者のジョブを授けますわ!」


 眼鏡は自分で作る!


 気配を消せば壁になれます! たぶん!!


「…きゅーびょう、じゅーー」


「いってらっしゃいましー!!!!」


 書類をまとめて、転生者を送り出す。


 新しい世界に旅立った彼女はきっと、幸せになれるはず!


 ……ストーカーで、逮捕されなければきっと。たぶん。おそらく。


 だったらいいなー……。


「どちらにせよ、間に合ってよかったですわ……」


 椅子に背中を預けて、ほっと息を吐く。


 真っ白なハンカチで、額の汗を拭う。


 そんな私の背後から、優しい上司の声が聞こえた。


「次の転生者が見つかりましたわ。すぐに呼んでいいわよね?」


 神々しい翼を広げて、女神様が優しく微笑む。


 そんな女神様に向けて、私も優雅な笑みを返す。


「三分間だけ、待ってくださいましーー!!!!!!」


 次こそは、普通の転生者をお願いします!

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