第12話 何もなかった

 あれはいったいなんだったんだ?


「飛鳥さん?」


 僕は確かにミミに……


「……飛鳥さん、あの?」


 キス……だったよな……えっ? でも、ミミが……なんで……


「飛鳥さん! 聞こえていますか!」


「うわっ! びっくりした!」


 突然目の前に里楽さんの顔が現れた。


「何度か呼びかけたのですが、聞こえていない様子でしたので」


 僕が気がついたことで、里楽さんの顔が離れていく。

 そうか、今は里楽さんと次の計画について話しているところだったっけ。

 あれから数日経ったんだけど、今でもふと思い出して考え込んじゃう。


「何かあったのですか?」


「えっ、いやー……」


 これ話しても大丈夫かな? 当然だけど、雛香には相談できないよね。

 僕はされた側だから浮気とかじゃないとは思いたいけど、されちゃったのは事実だし。

 いや、でもあれはそういう意味のやつとかじゃなくて、こう家族愛的なやつかもしれないし……


「……また考え込んでます。どうやら重症のようですね」


「あ……ごめん」


 あー、少なくとも里楽さんを目の前に考え事するべきじゃないかな。


「えっと、ちょっと悩むことがあったんだけど、相談しづらい内容なんだよ」


 里楽さんに話すのももうちょっと考えをまとめてからにしよう。


「そうですか……ダンジョン運営には支障をきたさないようにちゃんと解決してくださいね」


 ……ひょっとして里楽さん、何があったかわかってる? いや、そんなまさかね。


「……雛香さんには内緒にしておきますから」


「ありがとう」


 少なくとも何かそっち系のことで悩んでいるのは察されている模様。


「はぁ……」


 ほんと、なんだったんだろうなぁ……



 さて、僕の方はそんな感じで悶々としていた。

 対してその相手……ミミはというと……


「今日のご報告です」


「……ありがと」


 いつも通りに定時報告をしてくるミミ。

 その表情はいつもどおり無表情だ。

 そう、ミミは何事もなかったかのようにいつも通りだった。本当に何もなかったかのように。

 つまり、僕一人だけが悶々としているわけ。

 ちなみに、直接聞いてはいない。聞けないよねぇ。


「飛鳥さま? 聞いていますか?」


「えっ? あ、ごめん。もう一回」


 ともあれ、ミミがそういう感じなら僕の方も同じようになかったことにしたほうがいいだろう。決してヘタれているわけじゃない。


「もう一度報告いたします。冒険者の方々からダンジョンが難しすぎるから難易度を下げてくれとの要望が複数件届いています」


「難易度? それってどこの話?」


 1番新しく追加したのは、スキルブックのダンジョンだけど、それもまぁ、1週間以上前のこと。


「どこという指定はありません」


「うーん? 今までのダンジョンも含めてってこと? でも、そういうのって今までもあったんじゃないの?」


 難易度下げてくれってのはいつだってある話な気がするけど今更そんなことを言ってきた意味は?


「ここ数日中で難易度に対する要望が急激に増えています」


「急激に?」


「はい。数でいうと3倍くらいになっています」


 それはまた……確かに増えているね。


「ちなみに、どの辺りが難しいとか来てる?」


「はい。徘徊ボスが強すぎるとのことです」


「……徘徊ボス? なにそれ?」


 そんなの追加した記憶がないんだけど?


「ダンジョン内を徘徊するようなボスはいないことは確認してあります」


「だよね……でも、そういう要望が届いている……」


 なんで?


「可能性としては、雑魚モンスターだけどボス並みに強い敵……とか?」


 そんなのいたかな?


「複数のダンジョンからの要望になっていますので違うかと推察します」


「あー、そっか。そもそも、ボスと同じくらい強い雑魚敵なんて作った記憶ないもんなぁ」


 そうなると、理由がまったくわからない。


「うーん、これは調査が必要かなぁ……ミミの方では何か掴んでいないの?」


「事前にこちらで調査をしましたが、何も見つかりませんでした」


 うーん、それはそれでおかしいんだよなぁ……ミミがないって言ってるならそれはないことになるんだけど……


「色々と矛盾してる……」


 今回のダンジョンは前回みたいにゴーストタウンで起こったみたいなトラブルが起こるとか考えづらい。ダンジョンの中で何か起こっているなら僕やミミが絶対に把握できるはずなのだ。だって、今回のは完全に僕が作った空間なんだから。


「でも、事実として要望が増えている」


 これが多少増えたくらいだったら誤差かな? ってなるんだけど、3倍ってなると何かが起こっていると考えた方がいいかも?


「調査をする必要があるな」


 本当は僕が直接ダンジョンに行ければ早いんだけど、そういうわけにはいかないから他の誰か……


「まぁ、そうなると、雛香に頼むしかないかな」


「雛香さまですね」


「うん、まぁ、雛香だったら何かあったとしても対処できる可能性が高いしね」


 雛香は現状ダンジョンの中では僕の知る限り1番強い。そんな雛香だったらきっと大丈夫だと思う。


「よし! それじゃあ、雛香は……ダンジョンだったか」


 前に雛香の見た目を変えられるようになってから、雛香はレントバーグの街に入り浸っている。今もいるはず。


「ミミ、雛香に連絡を取れるか?」


「了解いたしました。雛香さまに連絡をとります」


 うん、きっとこれで大丈夫だろう。

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