閑話 とある医者の悩みその1

 私の名前は、石田悟。

 年齢は45歳、妻と子供がいる。


 仕事は医者。田舎の病院ではあるが院長を務めている。

 世間的には成功している部分ではないだろうか。

 これも医者として誠実に患者と向き合ってきた結果だと誇りに思う。


 そんな私には大きな悩みがある。

 それは、とある患者についてだ。


「……今日も変わりなしか」


 着込んだコートを脱ぎながら、私はつぶやいた。

 その患者、朝倉結衣ちゃんは奇妙な病気にかかっている。


「あっ、先生」


「おや、大愛さんじゃないか」


 考えていると、ちょうど対面から女の子が歩いてきた。

 この子は、朝倉結衣ちゃんの姉である朝倉大愛さんだ。


「結衣の様子を見ていたんですか?」


「ええ、もっとも診ることくらいしかできませんが……」


 ちょっと自嘲的になってしまう。


「いえ、先生に診てもらえるだけで助かります」


 何もできない私に対しても、大愛さんは感謝をしてくれている。

 その信頼には答えたいのだが……


「それでは、私は結衣のところに行きます」


「ええ、先程診たばかりなので今なら起きていると思いますよ」


 大愛さんは結衣ちゃんのところへ向かっていった。

 その後姿を見送りながら、私は思い出す。



「はぁ……あいつが生きていればな……」


 結衣ちゃんの父親と私は古くからの友人だった。

 幼馴染と言ってもいいくらいの関係だ。


 結衣ちゃんは、そんなあいつの忘れ形見。

 結衣ちゃんの母親は、彼女が生まれたときに亡くなったと聞いた。

 あいつは幼馴染の私にさえ母親のことは語ってくれなかった。


 大愛さんの母親とは、お互いの連れ子同士の再婚だった。

 しかし、その2人も子供を残したまま、事故で亡くなってしまった。


 残された大愛さんは、まだ幼い結衣ちゃんの母親代わりとして面倒を見ている。

 私も陰ながら支援をしていたのだが……


 とある日、大愛さんから連絡があった。


「先生! 結衣の様子が! すぐに来てください!」


 急いで向かった私は驚いた。


 結衣ちゃんの手が凍っていたのだ。

 いや、その表現は正しくない。

 正確には、結衣ちゃんの手が氷で覆われていた。



 このままでは手が壊死してしまう。

 すぐに温めたのだが、お湯につけようと氷は溶けない。

 いや、溶けはするのだが、お湯から出すとまた凍りつく。

 こんな現象はまるで見たことがない。


 眼の前のことが信じられなかった。

 ひとまず、結衣ちゃんは私の病院に緊急入院ということになった。


 色々と検査をして、どうやら結衣ちゃんの体温がとてつもなく低いことがわかった。

 普通だったら、そんな低い体温では生きていられない。

 しかし、結衣ちゃんはその生命を維持している。

 明らかに現代医学では説明がつかない現象だった。


 どうやら、結衣ちゃんは周りの温度が低いほど体調が安定するらしい。

 その体調が安定すると手が凍りつくという現象の頻度もさがった。

 私にできることは、結衣ちゃんをできる限り室温を下げた部屋に隔離することだけだった。


 どう考えてもただごとではない状態。

 しかし、あんな状態の結衣ちゃんが世間に知られてしまえば、好機の目にさらされることは間違いない。

 友人の忘れ形見をそんな目に遭わせるわけにはいかない。

 だから私は結衣ちゃんのことを院内でも秘匿とした。


 そうして、何年が経っただろうか、結衣ちゃんの症状は安定していた。

 いや、悪いままだったと言ったほうがいいかもしれない。


 変わらず結衣ちゃんは入院しているし、手も氷に覆われている。

 私の方で似たような事例がないかの調査もしているが、今のところなんの成果もない。


 そんなある日のことだった。


「先生、実はこんなものを入手したのですが……」


 そう言って、結衣ちゃんの姉である大愛さんが見せてくれたのは、ビンに入った液体だった。


「先生はダンジョンというものを知ってますか?」


 大愛さんの話はにわかには信じられないものだった。


 どうも、スマートホンのアプリからダンジョンと呼ばれる別空間に移動して、そこでモンスターと戦ったりアイテムを入手したりするらしい。

 まるで、うちの息子がやっているゲームみたいだ。


 しかし、大愛さんがそこで撮ってきた映像と実際にそのポーションを見せられたら信じないわけにはいかない。


「それで……結衣にこのポーションを飲ませてみたいのですが……」


 どうやら、そのポーションという液体には、身体の傷を治したりする効果があるらしい。

 実際に大愛さんが擦り傷を治すところを見せてくれた。


 1人の医者として信じられないような光景だった。

 こんな医学に……科学に反するようなものがあるのか?

 この液体は本当に信じられるのだろうか?


「しかし、先生、結衣に起きている現象も医学では説明がつかないものですし……」


 言われてみればそうなのだが……


 悩んだ挙げ句、試しに結衣ちゃんにそのポーションとやらを飲ませてみることにした。

 何かあったら、すぐに対処できるようにと私付き添いのもとで結衣ちゃんがポーションを飲む。

 すると、どうだろうか。


「なんか……身体があったかい」


 結衣ちゃんが言った。

 確認すると、結衣ちゃんの体温が上がっていた。

 それでも、一般の人間に比べれば大分低いが……それでも、ここ何年かで見る初めての変化だった。


 それから、ポーションを飲むと結衣ちゃんも元気になることがわかった。

 このポーションを飲むことで、結衣ちゃんの症状が改善されるのだ。

 これを分析すれば、結衣ちゃんの病気についての解明につながるかもしれない。


 しかし、そのポーションを調べようにもこんな片田舎の病院では調べるにも限界がある。

 知り合いの研究所に頼んでみたが、しばらく時間がかかるらしい。

 詳しいことがわかるまでは、状況を見つつ飲ませることとした。

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