第4話

「ふわぁ~、、、あふー」(あくび)


 カーテンの隙間から朝陽が差し込む薄暗い部屋で、ボクはぐーっと伸びをしてからしばらくぼーっと虚空を見つめる。

 頭の中は無。虚無である。


 もうなーんにも考えたくない。

 昨夜の配信が終わったあとは現実から逃げるようにベッドに潜り込んで眠ったわけだけど。もうずっとこのまま安眠をむさぼりたいまである。

 週明けの月曜日が今から憂鬱で仕方がない。


「ちょっとおねーちゃーん!!起きて起きて起きてっ!!!」


 どんどんどんどん


 部屋の外から騒がしい足音が聞こえてくる。

 バンッと勢いよくボクの部屋の扉が開かれたと思った次の瞬間には、その小さな物体はボク目掛けて突進をかましていた。


「ぐへー」

「あはは!おねーちゃん変な声ー!」

「自覚はしてるから人のコンプレックスに触れないでね。人が嫌がることはやっちゃダメなんだからね」

「あはは!はーい!」


 パジャマ姿でボクに朝から飛びついて来たのは妹の紅葉くれは

 追川 紅葉は小学三年生で、最近は可愛くもあるけれど少し小生意気にもなってきたお年頃である。

 今はボクの注意を受けて本当に理解したのかは定かじゃないけど元気よく手をあげて返事をしている。今日も紅葉はボクよりも元気100倍だ。


「おはよう、紅葉」

「うん!おはよ、おねーちゃん!!」


 紅葉の笑顔は人の心をあたたかくする。

 こんな向日葵のような笑顔を学校で振りまいて、紅葉のことを好きにならない少年たちが果たしているだろうか。姉としてはまだ流石に妹に彼氏などの存在は許容しがたい。きっとこれに関してはパパもママも同意見のはずだ。

 ボクは紅葉のぷにっぷにの頬っぺたをむぎゅーっと両手で挟み込む。


「あははは!なーに、おにぇーひゃん」

「お姉ちゃんは紅葉に彼氏だなんて許しませんからね!」

「かれし?」


 紅葉は頭上にはてなを浮かべて首をかしげる。

 このピュアな反応を見るに、まだそういうものへの関心は皆無と見ていいと思う。

 よかったよかった。

 そんな風に少し長めの現実逃避。


 しかしその現実逃避も無情にも妹がこなごなに破壊しに来る。


「あっ!そうだ!おねーちゃん見て見て!おねーちゃんが有名人になっちゃったよ!!?」


 そう言いながら紅葉が自分のスマートフォンの画面をボクに見せてくる。


 小学三年生がスマホを持つことに、賛否両論あるかもしれないけれどパパとママは賛成だった。現代社会で有利なのは少しでも他の人よりもネットやデバイスに詳しく、慣れている人だというのが両親の意見であり(もちろんそれだけじゃない)、そのためにも妹にスマホを持たせておくべきだとのこと。

 確かに理屈は分からなくも無いけれど、ボクはどちらかと言えば反対だった。


 ………インターネットって、特にSNSってすっごく怖いところだし。


 まぁ今のところ危惧していたことも起こってないから良しとするかと考えていたら、妹のスマホの画面に映っていたのはとんでもないネット記事だった。


『たった一夜でネットの注目をかっさらった謎の萌え声天使の正体は、まさかの今までボイスチェンジャーを利用してキモオタおじたんキャラを演じていたフォロワー200人の配信者!?』


 そんな大大的な見出しが、ネットニュースの一番上に貼られていた。


「これおねーちゃんのことだよね!!パパとママもこれ見て、なんか笑ってた(苦笑い)から喜んでるんだと思うよっ!クレハもおねーちゃんが有名人になってなんか嬉しいもん!」


 ボクは痛くなる頭を押さえながら、充電していた自分のスマホであらためてネットニュースを見てみる。

 紅葉に見せてもらった記事が当然だけど一番上にまだあって、その記事を開いてみることにした。


 そこには様々なコメントがあったものの、そのほとんどが「声可愛かった」だの「また配信してくれるかな?」みたいなものばかりだった。

 なかには考察コメントみたいなものも見受けられたけれど、なんか批判コメントというか、アンチコメントは一通り探したけど皆無。ボクのコンプレックスである素の声を聞いた人たちの反応とは思えないものばかりだった。


 ネット民って案外、優しい人たちばっかりなのかも。


 胸がほっこりとしていたボクは、あるコメントを見つけてしまう。


 ――ファブゼロのフォロワー数が27万人いってるwww なお今も増え続けてる定期ww これを機にまだフォローしてない奴らはフォローしとけー、リンク貼っとくから。


 そのコメントを見てボクはすぐさま自分のSNSの配信用のアカウントを開いた。

 通知がとんでもないことになってる。おやすみモードにしてたから気づかなかった!

 固定していた自己紹介文にも大量のリプが来ていて、そのコメントの大半が「次はいつ配信しますか?」「今日も配信してくれますか?」だった。


 背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、ボクは紅葉に聞いた。


「パパとママはなんか言ってた?」

「なんか起きたら今すぐこっちに来なさい、だって!」


 それをもっとはやく言って妹ー!


 ボクはたくさんのDMはとりあえず後で見ようと考え、急いで一階のリビングに向かった。










〇  〇  〇

本作品を見つけてくださりありがとうございます。

百合を楽しみにしている方、もうすこし先になります。ごめんなさい。

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