第10話 あの日のこと

『まあ、俺が卒業するまでに付き合うかは考えてみてよ。』

 霧河きりがの突然の告白に驚きながらもすぐには答えは出せず猶予ゆうよを貰っていた。ユエは一人部屋の中でベットに横たわると両手で顔を隠した。

『好き・・・か。』

 高校一年の時、好きだと言ってくれるクラスメイトがいた。ユエの気持ちはまだ彼には傾いていなかったけど仲良くなれるなら、そういう思いでいたが一向に進まない関係に苛立ちを覚えた彼はひどい言葉でなじりユエを振った。突然打ちのめされて絶望したのをよく覚えている。

 丁度文化祭の頃で同じクラスというのもあり緊張で何も楽しめなかった。というかあまり記憶がない。今年は彼の顔は見ていないけど、充実した文化祭でよかったと思う。

 あれから色恋は少し苦手意識があった。周りの子達が恋をしているのは楽しそうに見えるし応援もしたくなる。けどいざ自分となるとどこか考えないようにしていた。

 二年の仲の良いクラスメイトたちから虎二とらじろうのことを聞かれるたびに、やっぱりどこか線を引いて話していたけれど、虎二と狼が言ってくれた『俺と狼がお前を守るよ。』が胸の中で暖かく力をくれている。

 霧河のことが好きか?と考えると難しい。霧河は優しい人で会うたびに挨拶もしてくれるし、なんだかんだと良き先輩、規範となる素敵な人だ。

 それは虎二も狼もよく知っている。だから放課後の喫茶店に付き合うくらいは普通だったけど、いざ恋人となると想像できない。

 はあ、と溜息をついて両手を放り出すと机の上で携帯電話が鳴った。体を起こして画面を見る。

『はい、狼君?』

『うん、今大丈夫?』

『大丈夫だよ。どうしたの?』

 狼は今日勝手にデートに付き添ったことを詫びた。

『いいよ、もう済んだことだし。』

『ユエちゃん・・・先輩のことどうするの?』

『・・・わかんない。だってまだよく知らないし・・・。』

『そっか。・・・ユエちゃん、あんまり無理しなくていいよ?そういうの苦手ならさ。』

『え?』

『・・・あのさ、俺知ってるんだ。。中学のときに交流があった奴がいてさ・・・そいつがさ、文化祭の後、教えてくれた。』

『・・・そうなんだ。』

 ユエが黙り込むと狼は優しく言う。

『ごめんな。一年の時に傍にいられれば、そんなことさせなかったのに。虎だって同じだと思う。ほんと、ぶっ飛ばしてやりたいくらいだよ。』

『フフ、大丈夫だよ、もう平気だし。』

『でもまじで俺怒ってたんだよ、話聞いた時。悔しかったし。』

『悔しい?』

『うん、なんでユエちゃんが傷つけられなくちゃいけないんだって。俺や虎二にとっては大事で宝物みたいな女の子なのに。』

 くすぐったい言葉にユエの頬が熱くなる。

『だからさ・・・ちゃんとゆっくり考えたらいいんだよ?俺たちがついてるし。もう絶対泣かせないし、傷つけさせないから。』

『うん。』

『わかったらいい。ごめん、いきなり電話して。じゃあまた明日。』

 電話が切れてユエは顔がゆるむ。なんだか嬉しくて微笑みが零れた。

 狼君・・・。なんであんなに優しいんだろう?

 虎二と狼は中学の時に本当に仲良くなった。小学校から一緒ではあったけど、一気に距離が縮まったのは中学の校外マラソン。木枯らしの吹く中で足をくじいて歩いていたら逆方向から駆けてきたのが虎二。負ぶさって学校に戻って、保健室で手当てしてくれたのが狼。二人とも優しい男の子だった。

 意地悪なことを言うことがあるけど、絶対に傷つけないしいつでも優しかった。

 高校二年で同じクラスになって、中学生の時よりももっと格好良く、もっと優しくなっていて、他の女の子たちが二人に憧れるのはよくわかった。

 でも虎ちゃんは・・・。西島にしじまの顔が浮かんで大きく息を吐いた。西島と虎二、二人が並んでいるところはお似合いだった。誰が見ても理想的。

 ちくんと胸が痛むのは一緒にいてくれる虎二が他の女の子に取られた気がしたからだろうか?

 ユエはベットに突っ伏すとそのまま目を閉じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る