無がない世界
天音 いのり
第1話
その朝も、いつもと変わらないように思えた。
耳の奥の方でギンギンと煩いアラームと、対照的に静まり返ったボロ屋の一室。エアコンから溢れ出すカビ臭さというか、一周回って安心感のある臭いというかそういったものが鼻をくすめる。
今日もまた、始まってしまったと憂鬱ながらにいそいそと布団から這い出し、カーテンをスライドさせる。目前の鏡に映る自分は、まるで廃人だった。
そう思った矢先、廃人の影の裏側に視線が移る。ベランダの向こう、狭い路地上に、鮮やかな何か、小さな…それが横たわっていることに気がついた。その時は、それが何であろうと勘ぐるのも面倒に思えて、見なかったことにした。自分には関係ない、と思うことぐらい誰にでもあるだろう。
朝飯もろくに食べず、そこらにあったTシャツを着て、家を出た。
大学に到着した後は、いつもの講義をただ座って聞いていただけだった。何一つ面白くないが、不愉快なこともない。僕の感情を言い表すのに無というのが、最適解だろう。
自分の欠伸の間抜けな音に、妙なものが混じった気がしたのも、きっと無、故のことだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます