お馴染みの彼には三分以内にやらなければならないことがあった。
ろくろわ
三分間の戦い
長針には三分以内にやらなければならないことがあった。
あってはならない事だが遅れてしまったのだ。
ほんのちょっと短針を見ていただけなのに、気がついた時には秒針に三周も差をつけられていた。
しかもやっかいな事にこの長針、子午線が通る日本を代表する時計の長針だったのだ。更に間が悪い事によそ見をしていた時刻が、十一時五十四分。実際は秒針に三周差をつけられているので、現時刻は十一時五十七分。つまり三分後には十二時になり日本を代表した時刻を知らせる鐘が鳴るのだ。
誤差を出す訳にはいかない。
だから長針は三分以内に元の時刻に戻らなければならなかったのだ。
ところがだ。この秒針、恐ろしく足が早い。長針が一歩進む前に六十歩も先に進んでしまう。よっぽど横を通る時に秒針の足を引っ掻けたろうかとも思ったが、秒針は長針の上を通って行くので意味が無かった。
秒針の足止めも出来ないし長針の足も遅い。なす術がない。
何とか一歩を踏み出した長針は焦った。
一歩を踏み出したと言うことは、表示時刻は十一時五十五分。実時間は十一時五十八分。十二時まで残り二分。
早く追い付かなければ十一時五十七分に鐘が鳴る。
誰だよ、時計の針は戻せない何て名言を残した奴は。と長針がぼやいたところで時計の針は戻せない。今は一刻を争うのだと、決意を固めた長針の上を秒針が駆けていく。
あっとつられて長針も一歩を踏み出し、更に焦った。
そう、一歩を踏み出したと言うことは時が進んだと言うこと。表示時刻は十一時五十六分。つまり実時間は十一時五十九分。つまり十二時まで一分もないのだ。
長針に残された手段は考えることだけで、出きることはもう何もなかった。後ろから迫る秒針の足音が笑い声に聞こえ、抜かれることにただカタカタと震えることしか出来なかった。
「あれ?長針がカタカタしてる。電池がないのかなぁ。えっと今の時間は十一時五十九分三十秒だから三分も遅れてたんだ」
急に声がしたかと思うと、秒針は押さえつけられ長針は一気に針を進められた。
「これで良し!どうやら電池も大丈夫そうだ」
何が起きたか分からないが、長針は元の位置に戻ることが出来た。その後を少し遅れて秒針がやってきて、二人は足並みを揃えて十二時の文字を踏んだ。
長針は何とか三分以内にやるべき事を終えた喜びを鐘の音と共に叫びをあげた。
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
『やったー』
「おっ、何だか今日の鐘の音は元気がいいな!」
そんな三分間の攻防があったことを主人は知らないのであった。
了
お馴染みの彼には三分以内にやらなければならないことがあった。 ろくろわ @sakiyomiroku
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます