第7話 殴るならこん棒で
「残念だけど、スキルは手に入らなかったわね」
〈龍体〉の性能故に、明日香さんはあまりスキルを持っていない。正確に言うと、既に持っていて〈龍体〉に含まれている。そのため、新しいスキルが増えなかったんだろう。
「それじゃあ次は愛里ちゃんかしら?」
一巡したので、次はまた最初に戻って愛里ちゃんの番にするか、それとも、また順番を決め直すか。特に不満も出なかったので、最初に戻って愛里ちゃんからとなった。
「どんなお願いをするにゃ?」
「ずばり! 〈鉄扇術〉です!」
そう言って愛里ちゃんが掲げる手には、彩華ちゃんが急造した鉄扇が握られている。急造品なので、鉄なのは親骨――閉じたときに扇面を挟み込む2本の太い部分――だけだ。
したがって、この急造鉄扇で出来る攻撃といえば、閉じた鉄扇で殴りつけることのみ。大丈夫かな?
「さあ、移動しますよー!」
愛里ちゃんのお願いを受けて、表示された課題は、
『5分間、モンスターの攻撃から陣地を防衛する。モンスターへの攻撃に使用できるのは鉄扇のみ。(魔法スキルは使用不可)』
彩華ちゃんの推測通り、課題の内容はしっかりとお願い通りのものになっていた。
階層の広さは陸上競技場のような縦長で、長軸を半分にするようにエリア分けされている。向こうがモンスターの陣地で、こちらが私たちの陣地。この陣地を指定時間守り切れば良い。
「来ました! 鉄扇の課題です!」
喜び勇んで飛び出した愛里ちゃんは、迫りくるモンスターを鉄扇で殴り飛ばし始めた。
出現したモンスターは、前衛にゴーレム、中衛に槍を装備したコボルト、後衛は弓を撃ってくるゴブリンと、バランスの良い構成。さらには、遊撃としてウルフの姿も見える。
その構成のモンスターたちが、何組も後から後から湧いてくる。タワーディフェンスゲームを想像してもらえれば分かりやすいだろう。
それに対する愛里ちゃんは、得意の〈水魔法〉を禁止されて、苦戦……、するわけでもなく、鉄扇片手に駆けまわっていた。
「とおっ!」
という掛け声で、ゴーレムを粉砕し、
「えいっ!」
という掛け声で、コボルトをぶっ飛ばし、
「たあっ!」
という掛け声で、ゴブリンを地面の染みにする。
魔法が一番得意といってもそこは獣人。〈身体強化〉スキルが使えれば、並みの前衛よりもよほど強力なアタッカーになれるのだ。
「でも、全然敵が減ってないにゃ!」
攻撃力は十分あるんだけど、いかんせん敵の数が多い。愛里ちゃんが敵の1グループを潰す間に、他のグループが前に出てきて、後方からは新たなグループが追加される。
最初に突撃して行った分だけ余裕はあるが、それも後どれくらい持つか。じりじりと前線は押し上げられ、遠くないうちに中央を超えてこちらの陣地へやってくるだろう。
私が〈鉄扇術〉で戦うとしたら、風を起こしてモンスターのグループごと押し戻すかな。それか風でそのまま切断しちゃうか。
どちらも愛里ちゃんには無理そうなので、少し援護しよう。
「愛里ちゃん! 呪符で援護するよ!」
「ありがとうございます!」
これくらいなら、スキル習得の邪魔にならないだろうろと、愛里ちゃんに敏捷アップのバフをかけた。これで多少はモンスターの勢いを抑えられると良いんだけど。
「スピードアップです!」
物理的に2倍ほどの速さになった愛里ちゃんが鉄扇を振るう。殲滅速度もおおよそ2倍だ。
おお、わずかに前線を押し戻している。
「すごい勢いね。でもこれって〈鉄扇術〉と言えるのかしら?」
「にゃぁ……」
「それは……」
必死に目をそらしていた事実に、明日香さんが切り込んだ。
愛里ちゃんの戦い方は、普段使っているこん棒でのものと大差ない。近づいて、棒状のもので殴る。これじゃあ鉄扇(こん棒)だよ。
「ボクには〈こん棒術〉に見えます」
「そうにゃぁ」
でも、あんなに楽しそうにモンスターをぶっ飛ばしている愛里ちゃんを止めることなんてできない。
「私の鉄扇を喰らえー!」
残り1分になったことで、勢いを増したモンスターの波にも負けず、どんどんモンスターをぶっ飛ばしている。心なしか、最初の頃よりも吹っ飛ばす勢いが上がっている気もする。吹っ飛んだモンスターがビリヤードのように弾け飛んだ。
「まだまだー!」
そうすると愛里ちゃんの戦略も変わって、モンスターを吹っ飛ばすことで隊列を乱し、モンスターの前進を押し留めるようにしている。
前が詰まると、後ろのモンスターは押し合いへし合いでまともな行動がとれない。それだけに収まらず、転倒し、踏みつけられ、勝手にやられていくモンスターもいる。
「クリアです!」
最後のラッシュで少し押し込まれたものの、陣地を守り切り、無事課題クリア。開始と同じく意気揚々と愛里ちゃんが戻ってきた。
「〈鉄扇術〉は手に入ったにゃ?」
「今から確認してみます! 〈鉄扇術〉スキルは……。ないっ、ないですよ! 〈鉄扇術〉がないです! 代わりに〈こん棒術〉が上がってます!」
まあ、あれだけ殴りつけてたらね。〈こん棒術〉も上がっちゃうよ。
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