第5話 便利に使うならやっぱり呪符スキルで

〈ダンジョンポータル〉へ触れて、次の階層へ移動する。


 2階層はモンスターの殲滅、3階層は素手の戦闘、4階層はターゲット射撃ときて、5階層はどんなところだろうか。


 戦闘系が続いているから次も戦闘系? いろいろな条件が付いた課題になりそう。


 表示された課題は、


『3分間、指定エリア内でモンスターの攻撃を避け続ける。被弾回数5回未満。(攻撃および〈呪符〉以外のスキル使用不可)』


「明さん用に調整されたような課題です」


「〈呪符〉が使用できない人は不利ですね!」


「明さんならっ、よ、余裕です」


 指定エリアというのは、直径5メートル、高さ5メートルの円柱で、この中に入った瞬間から課題が開始されるみたい。


 4回までは攻撃をくらっても許されるので、その間に課題の性質を掴むのが大事だ。


「ん、やってみる」


「頑張ってください明さん!」


「が、頑張ってっ、くださいっ」


 応援を受けて指定エリアへと入ると、透明だった体に色を取り戻す様に、目の前にモンスターが現れた。


 巨大な人型で、オーガっぽい見た目。ただし全身が真っ赤っ赤。


「レッドオーガです! スピードタイプの格闘家!」


 愛里ちゃんのアドバイスが飛んできた。きっと〈鑑定〉で見たんだろう。


 指定エリアに入っていないからか、モンスターに影響を与えるスキルでないからか、今のスキル使用は課題的にはセーフだった。


 3倍くらい素早そうな見た目通りのスピードタイプの相手なら、〈呪符〉で敏捷を下げてやる。折角使用できるんだから、遠慮なく〈呪符〉を使っていくぞ。


「えい」


 自分にも呪符を張り付けて、敏捷アップのバフを付けた。これで、相手が下がって私が上がったから、かなり攻撃が避けやすくなったはず。


 ――グアァ!


 様子見のジャブは射程を見切ってスウェーで躱す。突き抜ける風が前髪を揺らすが、今のは当たった判定じゃないよね?


 どこからがアウトかはっきりしないので、モンスターの体に触れて攻撃をいなすことができない。予想以上に大変そうだ。


 ――ゴアァ!


「後ろにもう1匹!」


 後方にわずかな風を感じたと同時に、愛里ちゃんが注意の声を発した。


 すぐさま飛び上がり後方宙返りした私の背中のすぐ下を、丸太のような脚が通り過ぎていく。〈気配察知〉スキルも使えないし、今のはちょっと危なかった。


 上下が反転したところで足元に呪符を飛ばし、それを蹴ってさらに反転し即座に着地。最初からいたオーガの右ストレートを躱す。下手に空中に行っちゃうと、そこを狙われるからあんまり良くない。


 反省しつつも2体のオーガを視界にとらえ、ジッと腰を落とした。


 対する2匹のレッドオーガは、左右に分かれて挟撃の構え。ちゃんと考えて攻撃してくる相手はとてもやっかいだ。


「えい」


 追加で現れたオーガに呪符を貼り付けるのと同時に、2匹のオーガが襲い掛かってきた。ジャブとストレートのコンビネーションに、時折蹴り技も混ざり、ちょっとずつ余裕がなくなっていく。2対1なんて卑怯だぞ!


「弓兵も追加です!」


 まだ増えるの!? 傾けた首のすぐそばを通り過ぎていく、矢というには太すぎる何かを認識しながら、どうしても避けきれないパンチを手で弾いた。


「被弾にゃ!?」


 どうやら攻撃を弾くのはダメみたい。相手モンスターはオーガだし、実質鬼ごっこみたいなものか。タッチされたらアウトだ。


 矢による攻撃が加わったことで、ますます余裕がなくなった。オーガの攻撃は詰将棋じみた正確さで、どうしても避けきれない位置へ誘導されているような気がする。


 ほらまた矢が飛んできて、今度は前蹴りを避けきれずに手で反らした。2回目の被弾だ。


「流れが良くないわね」


 明日香さんから見ても、少し劣勢みたい。本当に流れが良くない。けれど、その流れから抜け出せない。


 右からストレート、左へ躱す。左から巻き込むようなフック、下へ躱す。右から足元を掬う回転蹴り、飛んで躱す。フックから裏拳へ派生、高跳びでバーを越えるような動きで背面へ一回転。矢が飛んでくる、体を伸ばして慣性制御。


 なんとか躱せたのはここまで。竜巻のようにくるくる回った2匹目のオーガの裏拳を弾いて、3回目の被弾。


「また弓兵です!」


 さらに増えちゃった! 


「むぅ……」


 何か突破口が必要だ。使えるスキルは〈呪符〉のみ。今は、自分に敏捷アップのバフと、相手に敏捷ダウンのデバフだけを使っている。これを別のデバフに切り替えるとか?


 攻撃力は今は関係なさそう。防御力はこちらから攻撃しないから下げても意味はない。持久力も数分だと尽きることはないだろう。


 うーん……。あっ、逆転の発想で、バフをしてみるとかどうだろう。1歩前進するつもりが、2歩分前に行っちゃったら、困るよね。


 さらに進めて、バフとデバフを混ぜてやれば、もっと困るかも。1歩が2歩に、1歩が半歩に。自分の体を制御できなくなれば、詰将棋じみた連携もできない。


 これはいい発想じゃないだろうか。よし、やってみるぞ。


「むん。えいっ」


 連続で呪符を放ち、一瞬ごとにバフとデバフを入れ替える。


 すっ飛んでいくオーガと、すっころぶオーガ。


「よし」


 左右の足に別々のタイミングでバフとデバフを付けることで、バランスを崩させることもできる。〈呪符〉の使い方が分かってきたぞ。


 単なるバフ・デバフに留まるスキルじゃない。


 やっぱり〈呪符〉は便利なスキルだ。

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