第26話 終わった後が本番で
打ち上げパーティーはお昼ごろまで続いた。
実際は、状況が落ち着くまで足止めされていただけなんだけど、中身は食べて飲んでのパーティーだったので不満はない。あ、お酒は無かったよ。
茜ちゃんの新しいお友達とも挨拶ができたし、愛里ちゃんを崇める「っス」が口癖の人たちともお話しできた。
まあ若干私が遠巻きというか、遠慮されていたのは残念だったけど、ミステリアスロールプレイがしっかりできていると考えれば良かったとも言える。
愛里ちゃんなんかは元気が良いから楽しそうにお話ししてた。あと明日香さんの格闘術講座なんかも好評で、冒険者をぶっ飛ばしまくってた。
そして、皆の中でも一番人気だったのは、彩華ちゃんだ。
『ダンジョンコラプス』を一致団結して乗り切ったお礼に、装備1つに〈錬金術〉で何か付与しますよと言ったとたん、もうすごい騒ぎになった。
さもありなん。今の生産職にはできない付与だ。
攻撃力を上げる、いやいや防御力優先、はたまた快適性を。いろいろな議論が交わされた。
「こんなのもあるにゃ!」
そんな中、茜ちゃんが取り出したのは『もふ玉ver.2』。ダンジョンの中では使用禁止にしている、魔のもふ玉だ。
「面白そうだね猫神ちゃん。ちょっと貸しておくれよ」
始めに『落ちた』のは君枝ちゃんだった。「すやぁ……」この擬音にぴったりの現象に、周囲の雑音は消え去った。
「お、おい、あの長谷川局長が、一瞬で寝落ちしたぞ……」
「あの長谷川局長が……」
「そんな、あの長谷川局長が……」
「はっ! 私は寝てたのかい」
意識を取り戻した君枝ちゃんは、彩華ちゃんに『もふ玉ver.2』を所望した。
「一生の4分の1は寝てるって言うだろ。私はこれに決めたよ」
そう言い放ってからはスムーズだった。もふ玉の在庫はほとんどないので、冒険者には枕への付与になってしまったが、受け取った端から「すやぁ……」となっているので不満もなさそうだ。
ちなみに枕は冒険者協会に買いに行ってもらった。
死屍累々、あるいは、すやぁ累々。皆気持ち良さそうに寝ている。
「それじゃあ妾たちは帰るとするか」
冒険者の皆が寝てしまったのでちょうど良い。ここらでお暇させてもらおう。
「玉藻さん、今回のご助力も大変ありがとうございました」
唯一起きている理恵さんがお礼を言っている。脇には枕を抱えているので、本当は一緒にすやぁしたかったんだろうな。
「大変なのはこれからであろう。今日くらいはゆっくり休むがよい」
「そうですね。皆さんをお見送りしたら私も混ざろうと思います」
苦笑いを浮かべているのは、これからの激務を想像しているからか。あっ、そうだ。山根ちゃんにも枕を渡しておこうかな。彼にもいろいろと便宜を図ってもらったし。
「山根も喜ぶと思います」
「やまにぇによろしくにゃ!」
「ふふっ、はい」
明日香さんに出してもらった霧に紛れて、私たちは関東局を後にした。ちょっとどうしようか迷ってたからちょうど良い。
「明日香さんは今後どうするの?」
愛里ちゃんの家に帰ってきて落ち着いたところで聞いてみた。これまで明日香さんは、1人で活動していたらしい。
〈龍眼〉にかかれば、スタンピードが近付いているダンジョンも分かるそうで、そうしたダンジョンに積極的に入り、中のモンスターを狩っていたのだ。
「そうね。また全国を回ってダンジョン巡りかしら」
「『マヨヒガ』には入ってくれないんですか?」
「私のやりたいことがこれなの。だからって別に『マヨヒガ』が嫌いってことじゃないのよ」
「それならボクたちと連絡が付くように冒険者協会に追跡不可能なDギアを受け取ってください。これがあれば、身元がバレる心配もありません」
「ありがとう。大事にするわ」
「いつでも遊びに来てください!」
実際、明日香さんの移動速度はすっごく速い。新幹線なんて目じゃない。その移動速度なら、2時間もあれば日本中どこからでも愛里ちゃん家に着くだろう。空中なら一直線だしね。
「でもとりあえず今日は泊って行って」
「そうね」
「うにゃうにゃうにゃ……」
明日香さんは膝枕で眠る茜ちゃんの髪をゆっくりと撫でた。
◇ ◇ ◇
冒険者協会日本支部・関東局
デスクワークが主な場所で静かな職場であったが、今はさながら戦場のような激しい怒号が飛び交っている。
「だから、何度も言っているだろう! 〈門〉が消失したんだって! 違う! それは前の報告! 5つだよ5つ! そう、5つ!」
5つもの〈門〉の同時消失。
元々、〈門〉つまりダンジョンの消失は、厳正な審査の上、複雑極まりない利権の糸をどうにかこうにかやりくりし、国外への影響も加味し、その上で国と冒険者協会が協力して行われるものだ。
何故ならば、ダンジョンを消失させるということは、『ダンジョンコア』を獲得するということでもあるから。
巨大な魔石である『ダンジョンコア』の利用先は山のようにあり、欲しがる団体や企業もまた山のようにある。
翻って今回の事件では、5つのダンジョンが消失したのに得られたコアは1つ。
つまり争奪戦だ。
鳴りやまない電話、パンクするメールサーバー、埋まる駐車場に溢れる関東局の玄関ロビー。
「とにかく一旦帰らせろ!」
「メールサーバー復旧できました!」
「長谷川局長はどこにいるんだ!」
「いいから1本でも電話を取れ!」
「メールサーバーがまた落ちました!」
「ええい、総務課長を呼べぇ!」
「山根課長も行方不明です!」
怒号飛び交う関東局が落ち着いたのは、それから2週間後のことであった。
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