第19話 マヨヒガデビューなら猫ちゃんで
その動画には、白くてふわふわな丸いクッションが映っていた。
映像のブレの様子から、撮影者がカメラを手で持って撮影しているのだろう。
クッションの正面に移動すると、その中央には全身が金色の毛玉が置かれていた。毛艶は良く、クッションに負けず劣らずふわふわだ。
しばらく映像には変化がなかったが、もぞもぞと金色の毛玉が動き出すと、ぐぐーっと4本の足が飛び出した。さらに、頭と思われる部位も毛玉の中から現れ、大きく口を開けた。
「くあー、にゃむにゃむ。もう食べられないにゃあ……」
古典的な寝言を呟いた毛玉――通称猫――は飛び出させた前足で顔を覆うと、にゃむにゃむと言いながら元の丸い毛玉へと戻った。
「っぷ。……くくっ」
手振れが酷くなり、おそらく撮影者のものであろう押し殺した笑い声が映像に混じる。
「とりのてりにゃき……」
「あははは! もう、無理っス! くくっ、あははは!」
唐突な毛玉の寝言により、撮影者の笑い袋が破れた。カメラは辛うじて毛玉の方へ向いているが、ブレブレで何が映っているの分からない。
「にゃんにゃあ!?」
大きな笑い声に驚いた毛玉が、ぴょーんと飛び上がった所だけは、何故か一切の手振れが無く、ここで映像は終わっていた。
動画のタイトルは、『【マヨヒガ】新しい仲間の猫ちゃん』。マヨヒガ公式ダンチューブチャンネルの動画だ。
「茜ちゃん! 猫ちゃん動画はすごい再生数ですよ!」
「あ、愛里ちゃんっ、はず、はずかし、い、です」
茜ちゃんの『マヨヒガ』衣装――アーマードレス――の完成には、今しばらく時間がかかりそうあったので、その間に猫ちゃん動画をアップしようと愛里ちゃんが言い出した。
要は、茜ちゃんのことを世界に早く紹介したかったわけだ。
人間状態の衣装はないから、必然的に猫状態での紹介になるわけだが、それが『【マヨヒガ】新しい仲間の猫ちゃん』の動画だ。
DX(有名なSNS)では、『とりのてりにゃき』がトレンド入りし、スーパーからは鶏肉が消えた。
「すごい話題になっています」
「そうだね。やっぱり猫ちゃんって人気あるね」
「茜ちゃんだからですよ! 一番可愛いです!」
「うぅ……、はずか、しいっ」
茜ちゃんは恥ずかしがっているが、『マヨヒガ』に普通じゃない猫が加入したという宣伝は十分に果たせた。
「動画は良いとして。茜ちゃん、アーマードレスの方はどう?」
「はいっ、か、型紙は、でき、できまし、たっ」
毎日のスキル上げによって、茜ちゃんの〈裁縫〉スキルは、すでに〈裁縫4〉にまで上がっている。
少し前からアーマードレスの試作に入り、何度か修正をしていたんだけど、完成したみたい。
「そっか。後は作るだけだね」
「衣装ができたら、今度は皆と一緒に動画を撮りましょうね!」
「金属部分はまかせてください。茜ちゃんのために魔銀を用意してあります」
「それじゃあやっちゃおう」
「おー!」
「はい」
「は、はいっ」
皆で向かったのは、〈裁縫〉スキル上げの聖地、〈人形ダンジョン〉だ。やっぱり安全に作業しようと思ったらここしかない。
このダンジョンはBランクダンジョンなので、茜ちゃんはまだ普通には入れない。なので、猫ちゃん姿で鞄の中に隠れてもらっている。
普通に入るために必要なCランク冒険者になるには実技試験が必要で、その試験日程が合わなかった。予約は入れてあるので、9月中にはCランク冒険者になれる見込みだ。
「はい、茜ちゃん。出てきていいよ」
「分かったにゃ」
ぐいーっと伸びをして、人間の姿に戻る茜ちゃん。何度見ても不思議だ。この猫化する方法。茜ちゃん以外にはまだ再現できていない。
多分、気合が足りないんだと思う。家もなくて、お金もなくて、なんとか食べ物を得ようと頑張る、そういう気合が足りない。
「茜ちゃん、どうやって作るか指示をちょうだい」
「わ、分かり、ましたっ」
まず金属部分は、彩華ちゃんしか〈鍛冶〉スキルを持っていないので、彩華ちゃんにおまかせ。残りの布や革部分を私たち3人で分担する。
「あ、愛里ちゃん、にはっ、ガントレットと、ブーツ、の、裏地を、おねがい、しますっ」
「了解です!」
「明さんはっ、私と、い、一緒に、ドレスですっ」
「うん、分かった」
ドレスのシルエットは、マキシ丈のAラインだ。スカートのボリュームを出すために、パニエも用意する。
デザインはノースリーブのハイネックで、ロンググローブも着用するので、露出は控えめだ。別パーツとしてケープレットもあるので、肩も隠れて脇がチラッと見えるくらい。……あれ、これ逆にちょっとあれかも?
ドレスに付属する金属パーツは、小さめのブレストプレートと左右の腰部についたフォールドの2つ。それぞれドレスの上からベルトで固定する様になっており、布に直接くっつける方式は断念した。それをすると、ドレスの形は崩れるし、着心地は悪いしで良いことなしだ。
何度も練習しただけあって、茜ちゃんの裁縫は早いし綺麗。私だってスキルレベルは同じく〈裁縫4〉なのに、作業スピードが2倍くらい違う。
何日か掛かると思っていた作業も、わずか2日で終えてしまい。茜ちゃんの衣装がついに完成した。
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