第4話 異郷
◆
降下ポッドが震えている。あまりにもネズミが多すぎて、彼らの爪や体が降下ポッドを揺すっているのである。
さすがに恐慌状態に陥りそうになったが、降下ポッドはそれなりに頑丈だし、今のところ、ネズミたちの何らかの目標にはなっていないらしい。
降下ポッドの狭苦しいシートでとりあえずは姿勢を整えて、私は隊長のとの通信を再開した。
「今、降下ポッドの中に戻りました。襲ってきているのはネズミです」
『ネズミ? 体格は? 数は?』
「体格はデータ上の一般的なネズミと大差ないはずです。しかし、数は数えられません」
『数えられない、では報告にならん』
本当に数え切れないんだってば、と言いたかったが、私もさすがに肝が冷えていたので、声を荒げたりはしなかった。
「あたり一面、ネズミです。茨の下を走っているようです。数は、数百というか、数千というか、ともかく、数えられません」
これには隊長もさすがに認識を改めたらしい。少し待て、と返事があり、どうやらどこかと連絡を取り始めたようだ。
待っている間にぼうっとしていることはできない。外部カメラを使ってなんとかネズミの情報を集める。カメラを静止画の撮影モードにしてひたすら連写する。そうして手に入れた画像を元に、ネズミ一体一体の大きさをおおよそ確認できた。
体長は三十センチもない。爪と齧歯類らしい歯がかなり硬そうに見る。
静止画の一つを見て発見があった。
茨の茎の中でも、地面に近いあたりにある茎が削れているのだ。それも新鮮な断面もあるが、ほとんどは古い痕跡だ。つまり、ネズミは頻繁に茨の下を駆け回っているのだろうか。
この生物の生態の解明には心惹かれるものがあったが、何かが思考に引っかかった。
茨の茎が抉れているということは。
もしかして降下ポッドも無事では済まないのでは?
急に恐怖感がせり上がってきて、グローブの指をせわしなく合わせて降下ポッドの状態をモニタリングしているシステム系統を確認した。
内部のシステムは全て無事だ。外装は、降下した時に茨に引っかかったせいだろう、フレームに歪みがあるが許容範囲内。外装パネルも耐熱性のそれが残っている。
現人類軍は人的資源にも乏しいが、物的資源にも乏しいので降下ポッドでさえも大概は再利用される。
と、表示を見ているうちに、一部の外装パネルの反応が消えた。本当に小さな範囲だ。しかしさらにもう一箇所、反応が消失。
どうやらネズミの群れは通りすがりに私の安住の地である降下ポッドを、めちゃくちゃにしているらしい。
どうする? 逃げ場はない。降下ポッドを守るしかない。どうやって?
私はグローブの指先で降下ポッドに搭載されている武器についてチェックした。そんなものは作戦前どころか、訓練期間にも何度も扱って知っているのだが、実際に実戦出力で使うのは初めてだ。
まずは機銃。三十口径で、弾薬は立ったの百発。
次に電気銃。これは降下ポッドとエネルギーを共有しているので、最悪、降下ポッドの中に缶詰になるまで使える。スーツにはスーツで生命維持機能があるので、降下ポッドが死んでもその中でしばらくは生きられる。それはそれで地獄だけど。
他では、火炎放射器もある。これは電気銃をより過激にしたもので、限定されるが大抵のものは焼き払える。これは便利かもしれないが、降下ポッドのエネルギーは極端に減ってしまう。
さて、どれが有効かは、はっきりしている。
火炎放射器だ。派手に行こう。
問題はエネルギーの他にもある。降下ポッドが茨に囲まれていることを加味すると、下手に使うと周囲が火の海になり、私は蒸し焼きになるかもしれない。大気圏に突入する時の強烈な摩擦熱に耐えられる効果ポッドなのだから大丈夫そうなものだが、ネズミどもが外装を引き剥がしたせいで、まずいことにあるかもしれない。
一か八か、というほどではないが、決断は早いほうがいい。
私は火炎放射器をスタンバイさせた。他に選択肢はない。エネルギーの残量は変化していないのをチェックし、どれくらいが稼働可能時間かチェックする。連続使用は十分程度。短いような、長いような。
表示を切り替え、外装パネルの損傷を再確認。気づくとかなり酷くやられていた。これはどうも、すぐそばを焼き払うのはやめた方がよさそうだ。
ともかく、火炎放射器が立ち上がる。外から見れないのが残念だが、形として降下ポッドという筒の一部が持ち上がって、アームが伸びているはずだ。ちょっとした消防車といったところだけど、私は消防車を実際に見たことはないし、それは古い記録のことだ。
いずれにせよ、私のヘルメットに火炎放射器と連動した照準器の映像が送られてきた。よく見ると茨の下はネズミでいっぱいだ。
やってやるぞ。
左手で照準しながら、右手の親指と人差し指を触れ合わせることでトリガーを引く。
照準器が一瞬だけ、ホワイトアウトした。回復すると、降下ポッドから十メートル先で火の手が上がっていた。もう右手の指は離しているけれど、結構な威力じゃないか。ほんの一秒の照射でこれならなかなかなものである。
もっとも、ネズミたちも大混乱に陥っていた。明らかに逃げ惑うネズミの群れ、というか波の勢いが激しくなっていた。降下ポッドの揺れもひどくなり、シートに横たわった状態でも感じ取れる。もちろん、火炎放射器の照準映像もブレている。
ともかく、もうちょっと奴らを懲らしめてやろう。
私はそう判断して、二度、三度と、適当な茨を焼き払ってみた。残酷なことだが、ネズミに火がつき、一瞬で燃え尽きる光景が見て取れた。
ネズミの怒涛の憩いは衰えることがない。いったい、何匹くらいいるのだろう。
『バタフライ・スリー、何をやっている!』
いきなり通信が耳元で響き、私は反射的に右手の指同士を触れ合わせてしまい、全く見当違いなところへ高エネルギーをぶつけて焼き払っていた。
「え、あ、その、降下ポッドを食い破られそうなので、応戦を」
『ネズミらしい群れはこちらでも把握した。無害なようだ。余計な混乱を起こすな』
「え?」
無害? これが?
『早期警戒機からドローンの情報がこちらにも入った。ネズミの群れは東へ進み、我々のキャンプを無視しているようだ。お前の降下ポッドもじきにネズミの群れをやり過ごせる。エネルギーを無駄にするな』
「で、ですが、降下ポッドの外装に破損があって」
『気にするな。そちらの上空に救助部隊が到着している。見えているか?』
思わず、嘘ぉ、と声が漏れてしまった。
指でカメラを操作すると隊長の言う通り、上空でホバリングしている巨大な航空機がある。
『ポッドごと回収する。おとなしくしていろ。弁明はキャンプで聞く。以上だ』
返事をする前に通信は切れてしまった。
これはだいぶご立腹だな。
私は火炎放射器を収納してから、上空の航空機と通信を結んだ。ただ、火炎放射器は何かが挟まっているというエラーが出て、完全には収納できなかった。まぁ、問題ないだろう。機能をオフにしておく。
救助に来た相手は男性のようだったが、名乗らなかった。
『派手な演出でどこにいるか、すぐわかったよ。間違ってもこちらを撃たないでくれよ、お嬢さん』
ちょっと癪にさわる相手だけど、助けてくれるのだ、素直に応じておこう。
「よろしくお願いします」
『大人しくしていろよ。火炎放射器がちゃんと格納されていないが、トラブルか?』
「トラブルばかりです」
そんなものだ、と返事があった。
私は先端が万能固定具になっているワイヤーが垂らされてくるのをしばらく見ていた。
ネズミは走り回り、降下ポッドは小刻みに揺れていたが、それも引っ張りあげられるまでだ。
不思議な浮遊感を感じながら、私はカメラの映像で地上を見ていた。
一部が燃えている以外、平穏に見える。
ネズミはどこから来て、どこへ行ったのか。
ま、それも気にすることではないか。
◆
仮設キャンプに私を下すと救助部隊の航空機はさっさとどこかへ行ってしまった。彼らの航空機は高効率の太陽光発電システムを搭載していて、かなりの長時間の活動を可能としている。それでも乗員は休息を取る必要があるが。その点では、観測部隊に所属する早期警戒機やそれに付属するドローン偵察機は無人化が進んでいると言える。
ネズミのせいでボロボロになってしまった降下ポッドから這い出して航空機を見送った私に、仲間が近づいてきて小突いてきた。まだお互いにスーツを着てヘルメットもかぶっているが、通信回線は全部オープンにしてある。それが現人類軍の現場での約束事の一つだ。
『クリスティン、なんでもそこらを焼き払ったらしいな』
「まあね。死ぬかと思った」
『たかがネズミだろ? 死ぬもんか』
見なきゃ分からないよ、と言い返そうとした時、その音が聞こえた。
音というか、鳴き声だ。外部マイクが拾った音だった。仲間も気づいたようで、周囲を見ている。
私は今は横倒しになっている降下ポッドに近づいた。音の出所はすぐにわかった。
私は力づくで、まだ収納されていなかった火炎放射器を少しだけ持ち上げてやった。
すると、できた隙間から一匹のネズミが飛び出してきて、一目散にどこかへ駆け去って行った。キャンプの中にいると厄介かもしれないが、もうどうしようもない。
『今のがネズミか』仲間が驚いたように言う。『初めて見た。すばしっこいな』
あれが、と私は肩をすくめてやった。
「何百何千と周りを埋めているんだから、嫌でしょう?」
そうだな、と仲間が頷く向こうに、こちらへ足早にやってくる隊長が見えた。歩き方からして、おかんむりだ。
それでもネズミに飲まれるよりはマシか。
私は姿勢を整えて直立すると、敬礼した。
(了)
アポカリプスを越えて トラブル続きの降下作戦 和泉茉樹 @idumimaki
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