電車の運転士・彰人の「3ヶ月後」

 彰人あきひとには三分以内にやらなければならないことがあった。


 「戸神東踏切通過、三十秒遅延」


 ガチン ガチガチン


 大きなレバーを手前に引き、電車を加速させる。

 通勤ラッシュの時間帯は、どうしても乗客の乗降に時間がかかってしまい、電車の運行が遅延気味になる。そのため、今日も朝から回復運転を行っている。


「三分以内に戸神市駅に着かないと、その先の乗り換えで乗客が困ることになりそうだな……急がないと……」


 ぎゅうぎゅう詰めではないものの、それなりの乗客が乗車している電車が加速していく。


「戸神三信号通過、定刻通り」


 ホッとする彰人。


「おっと、もうすぐ戸神市駅だから……っと」


 ガチガチガチン ガチン


 戸神市駅に接近し、車速を落としていく彰人。

 そして――


「えーっと……おっ、今朝もいたな、おふたりさん!」


 彰人の視界に、ホームから電車に向かって笑顔で手を振る女子高生と、それをにこやかに見守り、軽く頭を下げた父親の姿が入る。晴彦と夏美だ。


 ファン


 彰人はふたりに笑顔を向けて、挨拶代わりの短い警笛を鳴らした。

 これがこの三人のいつもの挨拶なのだ。


「ふふふっ。あのふたり、幸せそうだな」


 自殺しようとした父親と、身体を張ってそれを止めた娘。

 そんなふたりが幸せそうにしている姿に、彰人の胸は熱くなっていく。


<各駅停車、戸神中央行き、まもなく発車いたします>


 乗客の乗降が済み、扉が閉められた。


 ビー


 車掌からの発車許可のブザーが鳴った。


「前方良し! 幸せを乗せて、安全運行で出発進行!」


 彰人は前方を指差し確認して、電車をゆっくりと加速させていった。



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