女子高生・夏美の「3ヶ月後」

 夏美なつみには三分以内にやらなければならないことがあった。


 マンションの一室。玄関で父親の晴彦を待っていた。三分以内に部屋を出なければ、いつも乗る電車に間に合わないのだ。


「お父さん! 早く!」

「ごめん、ごめん、さぁ行こう」

「ほら、ネクタイ曲がってる! こっち向いて!」


 晴彦のネクタイを直す夏美。もう慣れたものだ。


 あれから三ヶ月。晴彦の離婚を後押しするため、収集していた母親・冬美の不倫の証拠を晴彦に開示した。

 夏美も年頃の娘であり、父親・晴彦には多少の嫌悪感があったことは否めないが、自宅で不倫相手と情事に耽る母親の姿を見てしまい、その嫌悪感はすべて母親へと向かった。そもそも夏美の育児や面倒を見ていたのは父親・晴彦であり、母親・冬美は、夏美が遠足に持っていく弁当ひとつ作ってくれたことがなかったのだ。家族のために必死で働き、たったひとりで自分を育ててくれた晴彦を裏切るその行為を夏美は赦すことができず、自宅に隠しWEBカメラを仕掛けるなどして、不貞行為の証拠を収集した。

 その証拠を嘔吐しながら確認する父親・晴彦の姿に、夏美は改めて父親を支えていく決意を固めたのだ。

 今は2DKのマンションで父娘ふたり、お互いを労り合いながら慎ましく暮らしている。


「よし、OK! 早く行こっ!」

「はいはい、慌てると転ぶよ」


 晴彦の手を引きながら、楽しげに部屋を出た夏美。


「お父さん!」

「ん?」

「私がお父さんを幸せにしてあげるからね!」

「まったく……娘に言われたら、親としておしまいだな……」

「あはははは! 再婚相手は私が厳しくチェックするから!」


 『お父さんを幸せにしてあげたい』

 それは夏美の偽らざる本音だった。

 『私のために長い間我慢してくれたお父さんを幸せに』

 しかし、いつか夏美も気付くだろう。

 自分が幸せになることが父親の幸せなのだと。


「厳しいお姑さんだな」

「嫁いびりしちゃうよ! あはははは!」


 夏美は優しく頭を撫でてくれる晴彦の手に心地良さを感じながら、ふたりで戸神市駅へと向かっていった。



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