誓いの言葉

快晴の今日、婚姻式当日がついに来てしまった。


アルさんは眩しいほどの白いタキシード、べランジュール王女は、レースと刺繍にビーズが織り成す純白のドレス。

僕が刺繍した部分も、ビーズが光り輝いている。

並んでいると、間違いなく…当代随一の美男美女だろう。

文句の付けようも無くお似合いな二人を前に…

僕とシャリファさんは、少しだけ俯いてしまう。

すると、まず言葉を発したのは、本日の花婿であるアルさん

「リュカ、すまない。形だけとは言え、本来なら、俺の横には君を立たせたいのに…」

次にべランジュール王女も

「シャリファ…私も…ごめんなさ…いね…」

もう、涙を流していて言葉にならない様子だった。

嬉し涙で無いのは明らか。


「我らは、誓うよ…例え、礼拝堂にて民衆の前で言葉を交わすのは違う相手だけれど、その心に想うのは、互いの愛する人への誓いだから…受け止めて欲しい。そして、決めている。いずれは公の場で真実を発表する事も」

「えっ、それはダメです!」

思わず僕は声を上げる

「リュカ、聞いてくれ…これはべランジュール王女とも何度も話したのだけど、我々はこれから、もっと国内を整え…さらに豊かにするつもりだ、もちろんニコラオス国王と兄上の第一王子との協力の元。その時こそ、国民にも認めて貰えるはず…それに向けて努力し続けるよ。その先には、必ず明るい未来が待っている。その為に、リュカには右筆官になって欲しいし、俺も賢い王子となる。そして、誰にも文句を言わせない自分になってみせる。国王にも許しを得る、必ずだ」


僕は、アルさんの言葉の途中から…切れ目の無い涙を溢れさせ、隣のシャリファさんも口を結び、静かに涙を零している。


ここで、式の前に4人だけで誓いをしよう…とアルさんが言う。


アルさんの前には、僕。

べランジュール王女の前にシャリファさん。

花嫁花婿に、対になる二人の執事。

お互いの愛する人に静かに口付けを落とす王子と王女。

これが誓い。


「さぁ、ただの儀式なんて、さっさと終わらせましょう」

泣き笑いのべランジュール王女が言った。


盛大な挙式が、始まった。執事として、クロードさんと共に参列していた。そして、シャリファさんも同じく並ぶ。

僕は、式の間…ずっと固まったような笑顔の王子と王女の二人を見ていた。表向きの笑顔が張り付いている。


誓いの言葉は、僕の胸に刻まれる。

「病める時も健やかなる時も…」

ほんの一瞬、王女から外されたアルさんの視線は、僕の視線と合わさる。

僕に向けて言っているのだと言わんとするような視線に、アルさんの心の言葉を受け取った。


誓いの口付けは…ほんの挨拶程度の軽いものではあったが、やはり…少しだけ心が疼いた。

誓いの口付けがある事は分かっていたのに。

この程度の口付けでショックを受けるとは思わなかった…これが、万が一にも、アルさんと王女の二人で子を成すと実際に言われたりしたら、耐えれるのか…自分で吐いた言葉が怪しくなってきた。

僕の隣に背筋を伸ばして立っているシャリファさんも、手を固く握りしめていて、同じ気持ちなんだと感じた。


アルビー王子とべランジュール王女を祝福をする為、そして、一目でも、二人の姿を目にしようとひしめき合う人々が、礼拝堂の周りに列を成していた。


式は滞る事なく行われ、夜には宮殿内にて、沢山の来賓を招待して、宴が行われる事となる。

アルさんとべランジュール王女は、衣装を変え、少し落ち着いた装いに。

アルさんの漆黒のタキシードは、まるで僕の執事服と合わせてくれているようで、嬉しかった。

べランジュール王女の深紅のドレス。

シャリファさんの胸のポケットチーフには、同じく深紅色の物。

これは、僕達だけが分かるお互いの印みたいだった。


深夜まで続いた宴だったが、王女は、疲れたので…と早々にシャリファさんと共に消えた。これから二人の時間を過ごすのだろう。

クロードさんは、来賓の方への飲み物や食べ物をホールに居る従者に細やかに指示を出していて、とても忙しそうだったので、僕が、各国の王族や貴族の方々と会話するアルさんに付いて回った。

外交を得意とするアルさんは、人との繋がりを大切にしているようで、今まで培ってきた物を僕に見せてくれた。側に居られる事をとても誇らしく思う。

アルさんは

「我が国の今後の平和や発展に、私と共に尽力を注いでくれる者です」

と僕を紹介してくれる。

余りに重たい言葉を聞く度、僕は背筋を伸ばすしか無かった。

そして、アルさんの態度は、どなたに対しても非常に真摯で。今朝の言葉が本気なのだと、覚悟が分かるような振る舞いだった。



やっと宴が終わり、長い一日の披露を感じ始め、早く部屋へと帰りたいと思っていると「ちょっとおいで」とアルさんは僕の手を引いてどこかへ連れて行こうとする。

着いた場所は、昼間に厳かな挙式が行われた礼拝堂。

中に入ると…薄闇に蝋燭が数本立っていて、中はステンドグラスから入るゆるやかな月光と蝋燭の微かな灯り。

奥には誰かが蝋燭を手に立っている。

「お待ちしておりましたよ」

その声は、クロードさん?

近くまで行くと、聖職者のような格好をしている。

「神官の友人から拝借しましたけど、結構似合ってますよね?」

ニコりと笑うクロードさん。

僕はどういう事だか分からず、アルさんの方を見ると、突然、僕の前に膝まづいた。

僕の手の甲に唇を触れさせる。

「誓うよ、リュカ。共に生きよう」

「ちょっと待ってください、え?クロードさん…居ますよ?」

「呼んだのだから、そりゃ居るよ、誓いの言葉を見届ける証人だからね」

一気に混乱してきた。

「リュカ殿…私は既に知っておりますよ…貴方を右筆官に指名する話と共に相談されましたからね…どうしても好きな人を諦めれない…と」

そんな頃から知ってたのかよ…

全くそんな素振り無かったじゃないか。

「クロードは、本当に幼少の頃から俺に付いてくれてるからな…隠す方が無理な話」

二人は顔を見合わせニヤニヤしている。長年の関係性が垣間見え、羨ましい程に。


「僕なんかで、本当に本当に…良いんですか?」

「リュカじゃないとダメだって、言っただろ?」

「僕に与えれる物なんて無いですよ?」

執拗しつこいなぁ…リュカ、誓いの口付けは?」

「あの…べランジュール王女との口付けと比べたりしないでくださいよ?」

「もう、黙って」


僕の唇は、アルさんの唇で言葉を封じられたのだった。

「誓いの言葉は?」

と問いかけるクロードさんの前で…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る