惚気られる僕

僕は、再び執事服に身を包んでいた。

そう、宮殿での仕事に復職したのだ。


アルさんが、クロードさんに申し付け、内々に調べた所によると…

やはり僕の右筆官への道を邪魔したい誰かが居るらしく…アルビー王子不在に便乗して、僕をお針子に戻そうとしたという事らしい。なんだか、怖いな…と思ってしまう。

僕は、別に右筆官になりたい訳ではなくて…

アルさんの側に居られれば、それでいいんだけどな。アルさんが僕を右筆官に…と望んでくれている事に対して、好きな人の為に、期待に応えて、なんとか頑張りたい気持ちはある。

アルさんの役に立てれば嬉しいけど…今はまだまだそんなレベルでは無い。

お針子の仕事も好きだけど、執事としての仕事にも、やり甲斐を感じていたので、復職出来た事には、ホッとしていた。



先日のべランジュール王女の策にまんまと引っかかった僕は、翌々日に、きちんと説明を頂いた。

翌日は、腰が立たず…ベットから動けなかったから…なんと、一日中、アルさんの部屋で過ごす羽目になった。

時々クロードさんが扉越しに声を掛けて来る度、僕はヒヤヒヤしながら、アルさんのベットに深く潜ったのだった。



とても愉快そうにべランジュール王女は、謝ってくれた。

「ごめんなさいね…話を聞いたら他人事には、思えなくて…まぁ、一肌脱いであげたのですよ…文字通り」

隣のシャリファさんを見ながら、彼女とのこれまでの事に想いを馳せたであろう王女は、「大変だったのよ…この人を射止めるまでも…」と言い添え、改めてとても幸せそうに微笑んだ。


アルさんは、べランジュール王女の国に足を運び、正直にも…男の従者に惚れてしまい、どうしても一緒に居たいので、結婚はそちらから、体良ていよく断って欲しい…と。

まさかの直談判に、飛び上がる程、驚いたそうだ。

そして、べランジュール王女はというと…逆に、同性の侍女に恋をしており…離したくも離れたくも無いと。

まぁ、要するに利害が一致したんだと、仰った。


「奇跡が起きたと思いましたよ…私は、このシャリファと共に生きたいと思っていましたし、それを日々悩んでいたので…あの日、逃げなくて良かった…アルビー様の勇気には感謝しかございません」

訥々とつとつと語る王女の隣に身を添えているシャリファさんは、僕と似たような執事服を着ている。

男性みたいだが、女性の様でもあるその中性的な容姿と服装がとても合っていて、カッコイイと思ってしまう程だった。

シャリファさんが口を開く、少し低めの声は透き通るような

「べランジュール様は、こちらの国からの婚姻の申し出を聞き、私なんかと国の事を天秤に掛け、非常に思い悩み…国から逃亡するか、なんて事まで仰った程」

王女の立場としては、断る事など出来ず、かといってそれを受け入れる事も出来ず、毎日泣いている王女の隣で、ただ側に居るだけの自分を歯痒く思った…と。

いずれは、どこかの国に嫁ぐしかない身の上の王女に対し、それをどうにかする事など出来ない、見守る事だけ、そして、側に仕える事だけの自分…

聞いていて、僕自身の事と重なるシャリファさんの言葉は、とても胸に刺さった。

最後に…

「それでも、今後…もし、アルビー様が跡継ぎを望まれ、王女がそれを受け入れれば、仕方ない事だと…今も思ってますよ。非常に嫉妬はするでしょうが…だとしても、私の愛は変わりませんけど」

「シャリファ…またそれを言う…」

べランジュール王女は、困った顔で、シャリファの手を取る。


「それは、僕も同じ気持ちです…アルビー王子が僕を必要である限りは、側に居ます」

今度はアルさんが僕の手を取る。

「大丈夫、俺にはすでにイリスが居るから…跡継ぎなんて不要だし、そもそも第二王子だからね、跡目争いに参加する予定は無いよ。そんな事よりも、思いを遂げれた喜びをもう少し噛み締めたいんだけどな」

べランジュール王女がクスクスと笑う

「まぁ、そこは、私に感謝してくださいな、アルビー様」

隣で赤くなる僕を無視して、アルさんは、僕の腰を抱く。

「リュカも、ほら、感謝して」

「え、僕もですか?」

アルさんは、やっと手に入れた…とばかりに僕に構ってくる。

数日前には、こんな展開が待っているとは思ってなかった僕は、今も夢かもしれないと疑ってしまう程。


「べランジュール王女、どうかシャリファさんと末永くお願いしますよ…我らは運命を共にしてますので」

「あら、知らないのね…私は執拗しつこいくらい一途よ。アルビー王子こそ、リュカ殿に飽きたりしないでくださいましね」

「リュカの良さは…先日痛感しましたからね…あの夜々中、月色に輝きながら、ゆっくりと薔薇色に染まる俺の腕の中のリュカは…」

「まぁっ!私のシャリファだって!お見せできないのが残念ですけど…」


「「もう止めてください!」」

僕とシャリファさんの抗議の声が重なった。



今日は、久しぶりにクロードさんに付いて、イリス王女に会いに行くので、僕はちゃんとポケットに、プレゼントの手帳を忍ばせていた。

行く途中、カンヘルに会った

「リュカ〜今日も素敵だね!実はさぁ〜先日、俺は夜中の見回りだったんだけど…アルビー王子は、なかなかの手の早いお人だね、嫁いだ当日に手篭めにしちゃうとはなぁ。驚いた驚いた」

こっそり耳打ちされて、僕は、飛び上がる程に驚いた。

「なんで知ってるの?」

「え?だって、俺は護衛だからな…夜中に見回りしてるから。静かな宮殿では、少しの音も部屋の廊下からは、聞こえ漏れてくるよ…まぁ、王女は、こんな声が、低いのかなぁ…とは思ったけど、小さな声だったし、雰囲気的には幸せそうながり声だったぜ?」

あれ?こういう話、苦手?

真っ赤になって俯く僕に、カンヘルが可愛いなぁ…なんて言ってくる。

そんな話を僕にペロッとしてきていいのか?守秘義務とか無いのか?

そして僕は、それどころでは無い…

まさか、聞かれていたなんて思っても無くて…かなり動揺していた。

クロードさんは先に進んでいたので、会話は聞かれて無さそうだが、本当に心臓に悪い。

後で、アルさんにも注意しなくては…恥ずかしいけど。

すでに次があるとか思ってる自分に気付いて、ハッとした。

僕もまぁまぁ…頭に花が咲いてるらしい。


「カンヘル、そういうのは、とても私的な事だなら、他の人に言ってはいけないと思う」

なんとかそれだけは、伝えて、クロードさんを追った。


久しぶりのイリス王女は、扉を開いた瞬間に僕の方へと駆け寄って下さった。

「りゅか、げんき?」

「お久しぶりです、イリス王女こそ、お元気でしたか?今日は、プレゼントを持ってきました」

「なぁに?」

「お父上のアルビー様が選ばれ、僕が刺繍させて頂いたんですけど、気に入って頂ければ嬉しいです」

僕はポケットから、手帳を取り出し、イリス王女の小さな手に乗せた。

兎の刺繍を、じっくり眺めていたと思うと、顔を上げ

「うしゃぎ!!」

喜びの声を聞いて僕の心も弾んだ。

乳母のチェスターさんもやって来て、手帳を覗く。

「イリス王女、良かったですね。リュカ様、さすがですね…絵本と全く同じ…」

僕は、借りていた絵本を、目を見開いているチェスターさんに御礼を言いながら返却した。


僕は、改めて…

宮殿に戻って来れた事を幸せに思った。


仕事が終わり、アルさんの部屋に寄る。カンヘルから言われた事を伝えておかなくては…

ノックの後、許可を得て入室すると、途端に抱きしめられる。

「ちょ、アルさん…」

「リュカ…夢でないことを安心させて」

僕と同じような事を考えていたのだと知り、驚くが…僕はアルさんの胸に頭を預けながら言う、むしろ真正面から言うのは恥ずかし過ぎるので良かったかもしれない。

「夢じゃないですよ。むしろ、現実過ぎて大変です…カンヘルに…その、えっと…あの夜の僕の声…聞かれてたんです。べランジュール王女のだと思ってるみたいですが…」

「え?本当に?リュカの可愛い声を聞かせてしまったなんて、俺の失態だ…」

…待て待て、そこじゃない。

「違います。気をつけないと…って言いたかったんです」

「あ?まぁ、別にいんじゃないの?リュカの声は高いし、カンヘルも王女だと思ってるんなら、思わせとけば…それより、次も…あるって思って良いんだよね?」

ニヤニヤするアルさんは、早速、僕の臀部に手を触れてくる…

「そうは言ってません!そして、気軽にお尻触らないでください」

「ダメなの?嫌?」

「嫌じゃ無いですけど…」

このままだと、部屋に戻してくれなくなりそうだと思っていたら

「このまま、今夜はここに居てよ…何もしないから…リュカの、存在を感じさせて」

切なげな青藍な瞳に言われると弱い…僕は、ゆっくり頷いた。


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