毒舌お針子の僕は男だとバレないよう女として王宮にて奮闘、王子の右腕に任命される

あさぎ いろ

王宮からの召喚状

遠くより微かに聞こえた馬が地を踏みしめる音が大きくなり、家の前で止まり、同時に僕も針を持つ手を止めた。

よく考えたら自分には関係無い事だと思い、再び真っ白な絹布に向かうと、薄桃色の糸で刺し始めた。


下では父上と母上の声以外の数人が話す声がしていて、その声は徐々に大きくなり、自分の耳にも届く騒がしさに、やっぱり気になってくる。

何かあったのかな?

かといって、下に降りて確認するのも面倒で…

目の前の絹布をじっと見つめる。

騒ぎに気を取られ、少し刺し幅を間違えている…

針を抜いて糸を何度か引き抜き、もう一度、均一な縫い目へと変わる。

これで納得のゆく仕上がりとなった。

僕は、うんうんと1人頷いた。


しばらくするとその話し声は収まり、鞭の放たれた音の後、馬の蹄の音が遠ざかっていく。


ドタドタと誰かが階段を急ぎ駆け上がって来るのが分かり、3度目の集中力が切れた。

溜息を1つ付いて、諦めたように手を止める。


扉がバンッと大きく開くと…

顔面蒼白の父上と母上が入ってきた。

「リュカ!」

「父上、母上?どうしたのさ?」

「お前…王宮からの呼び出し…ぁぁあーーーどうしたら!!」


全く話が見えない僕は、2人をなだめながら、先程の騒ぎについて聞き出した。

どうやら、王宮のお針子として、俺が出向くように…という事らしいのだが。

まぁ、そこまでは大変な名誉な事で、かなり良い話だ。

しかし…お針子とは、普通は男の仕事では無い…

自然、王宮の方も、僕が女性であると思い込んでの招集のようだった。


国王印の押された召喚状を握りしめ、震える父上は、「もううちの仕立て屋は終わりだーーー!」とか言っている。


そう、我が家は祖父の代からの公爵様や伯爵様…言わば貴族様をお客様としている仕立て屋である。

しかしながら、王族の方の仕立てをした事は無く、そんな重要な仕事が回ってきた事は、一度も無い。

確か、王族御用達の仕立て屋は、他にいた筈だ。

何故うちが?

そして…何故僕が?


うちの仕立て屋はもちろん、多分、他の仕立て屋も同じだろうが、商人として父上が採寸や接客、意匠などはするが、実際に服を作るのは、女性の仕事だとされている。

ご多分にもれず、父上も…あまり裁縫が得意ではない。


それなのにどうして、男の僕がお針子をしているかというと…


生まれた頃より身体が弱く、上の兄2人が剣術を学ぶ横で、教えられて剣を振るも次の日には、寝込んでしまう…という事を繰り返していた。

何度も挑戦はするが、剣術は全くのダメっぷりを披露するに終わり、力仕事も、これまた出来無い…筋力が底辺だった。

身体は弱いが食欲旺盛、ただの役立たずの大飯食らいだった。

しかも、どんなに食べても身体は大きくならず…小ぶりのまま。


兄2人は、幼少期より主君について小姓をしながら長く辛い修行に耐え、剣術も優れている為、もう少しで騎士の称号を授かるのでは無いかと…聞いている。

逞しい兄2人と比べ…貧相な僕は、いつも自虐の念に駆られ、それは性格として表れ…まぁ、口の悪い男になってしまった。

いわゆる毒舌男子だ。


姉がお針子として、父上と母上の手伝いをしているのを横目で見ながら…

もしかして、僕もこれなら…と、姉に教えて貰いつつ、針を持ってやってみたら、これがピタリとハマった。

僕には、どうやらお針子としての才能だけはあったようだ。

これで、大飯食らいの役立たずを返上出来ると、僕は毎日針を持ち、布に向かった。

技法は緻密だが大胆な構図の刺繍は、他には無いと…人気になったそうだ。

まぁ、男の僕がしてるんだから、どうしても女性とは違う物になってしまったのだろう…

僕としては、女性らしい美しい刺繍を目指していただけに、その評価には、少し気落ちした。

とにかく何か、家業の役に立つ事をしたい!という思いだけだったので、特に自信が持てた訳でも無く、僕の刺繍が評判になったというのはどこか余所事だった。


そして、どうやら…僕の腕前の評判が、王宮にまで伝わり、3ヶ月後に行われる第二王子の王位継承権印加の式典での衣装の仕上げの刺繍をするお針子として、大抜擢されたという…


結果として、我が家としては、大変名誉であり嬉しくも、大変困った事になった。

お針子は既にベテランの2人が居るそうだから、自分だけに重役が来たわけでは無いので安心だが…


問題は、僕がオトコである…という事。


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